↓第22話 るーず、まいぺーす。

「タビーさんッ!」


 迷子は急いで駆け寄り、うつ伏せの彼に語りかける。


「…………ン……」


 声がした。

 しかも身体がもぞもぞと動いている。


「た、タビーさんっ!?」


「…………?」


 生きていた。

 タビーは目をこすりながら顔を上げる。


「びっくりしました……エイリアンにやられたのかと」


「??」


 タビーはよくわからないといったふうに首をかしげる。


「こんなところでなにやってるんですか、不用心ですよ!」


 よく見れば部屋のドアも開きっぱなしだ。

 カードキーも床に落ちている。


「すべすべ……」


「え?」


「つるつる……」


 タビーは床に頬を当てて穏やかな表情を浮かべた。


「まさか、通路のすべすべ感を堪能していたんですか?」


 その質問に彼は無言でうなずいた。


「いっしょに……やる?」


「やりませんよ。廊下で涼むネコじゃないんですから」


 迷子は呆れたように目を細める。

 試しに床をさわってみたが、たしかにすべすべだった。

 塵ひとつ落ちていないが、しかし寝そべるのはどうだろう……。


「とにかく今は警戒してください。さ、部屋に戻りましょう」


 迷子はタビーを起こして、部屋に入れようとする。

 すると、


「やーおもしろい、おもしろいですねー」


 背後から聞き覚えのある声がした。

 アリスだった。


「わっ! アリスさんいつの間に!?」


 彼女は白衣のままゴロンと床の上に大の字になる。


「すべすべですねー。つるつるですねー」


「ちょっと、アリスさんまで……」


「ご一緒にどうですかー? いいですかー?」


「わたしはやりませんよ。さ、アリスさんも部屋にもどって」


 アリスの部屋はタビーのとなりだった。


「クックックッ、宇宙人ですかー。宇宙人をさがしているんですかー?」


 アリスはひょこっと起きあがる。


「さっきの話聞いてたんですか?」


「なんとなくー、なんとなくですよー」


 アリスはくるくる回ったあと、耳についたイヤホンと小型の端末を見せる。


「それって……盗聴器!?」


「クックックッ、便利ですねー、便利ですよー」


 アリスがクツクツ笑いながら端末を耳に手をかざすと、イヤホンがスッと消える。

 まるで手品だ。


「さーて、お仕事です。お仕事ですよー」


 アリスはカードキーを拾い、床で寝ようとするタビーを背中に担ぐ。


「寝るときはオフトンですよー、オフトンですねー」


 そのまま彼を部屋に運び、「ではでは」と手をふってパタンと扉を閉める。

 なんだかよくわからないやり取りを終え、迷子はしばらくぼーっとしていた。


「……えと、とりあえずタビーさんたちの聞き込みは後回しにして――」


 そう言いながら迷子がカタルシス帳にメモを取ろうとしていると、


「それはホンモノですかー? ホントウですかー?」


 いつのまにかページを覗き込むアリスの姿があった。


「わーっ!! びっくりしたぁ……。って? さっき部屋に入ったんじゃあ……」


「すぐに出ましたねー、出ましたよー」


 その場でおどけるアリス。

 一瞬でタビーをベッドに置いてきたらしい。

 ……とはいえ早すぎる気がするが……。


「それいいですねー、カッコいいですねー」


 アリスはカタルシス帳に顔を近づける。


「あ、これは探偵の必須アイテムなんです。覗き見は厳禁ですよ」


 迷子はスッと手帳を隠す。

 アリスはクツクツと肩を揺らして笑った。


「それより気づいてますかー? 彼は何者ですかー?」


「え?」


「これを見ましたかー? 見てませんかー?」


 迷子の視界になにかが差し出される。

 それはタビーがつけていた写真入りのネームプレートだった。


「? いつのまに?」


「さっきですよー、さっきの間にですよー」


 タビーを部屋に担ぎ入れたときに拝借したようだ。

 さらにアリスは、もう一つのネームプレートを差し出す。


「これは知っていますかー? 知りませんかー?」


「? これは……」


 そこには知らない男性の顔写真があった。

 名前を見て迷子は違和感を覚える。


「タビー……クエーサー?」


「同じですねー、同じ名前ですねー」


 アリスはメガネをキラリと光らせる。

 写真は違うが、同姓同名の人物のネームプレートが二つある。


「……どういうことです?」


「まだわかりませんかー? わかっていますかー?」


 メトロノームみたいに身体を揺らしながら、アリスはもったいぶるように尋ねる。


「ニセモノですよ。ホンモノのタビーさんは別の場所にいます」


 いきなり声のトーンを落として、迷子の耳元でアリスはそう言った。


「に、にせもの?」


「ちなみにホンモノのタビーさんは無事です。ご安心を」


 そう言うと彼女は、またいつもの飄々ひょうひょうとした態度に戻った。


「彼は何者ですかねー? 何者ですかねー?」


 再びメトロノームみたいに身体を揺らしながら、手に持っていたネームプレートをかざして指を鳴らすと、


「それは返しておいてください。わたしには必要ありませんので」


 そう言いながら迷子の頭を指差す。

 迷子が藍色のベレー帽をとると、中から二枚のネームプレートが出てきた。


「え? ええっ!?」


「クックックッ」


「アリスさん、あなたはいったい――」


「いずれわかりますねー、わかりますよー」


 そう言って彼女は人差し指を立てると、ぴゅーっと中央フロアへ消えていった。

 迷子はその姿をポカンと見つめる。


「…………?」


 ふと、渡されたネームプレートを見た。

 なにか挟まっている。

 それは一枚の紙切れだった。


「これは……」


 なにやら文字が書かれている。


『アリス・158センチ』

『タビー・145センチ』


 二人の身長だ。

 おそらくアリスが書いたものと思われる。


「…………」


 事件の捜査に協力してくれているのだろうか?

 もしかして犯人に関する情報を、なにか掴んでいるのだろうか?

 それにタビーが偽者とはどういうことだ?

 だとすれば彼はなんの目的で、シスタークリムゾンにやってきたのだろうか?


「むぅ……」


 謎は深まるばかりだった。

 少なくともアリスに関しては、ただの製薬会社の人間ではなさそうだ。

 素性を偽っている可能性もあるので、慎重に接したほうがいいのかもしれない。


「とりあえず捜査を再開しましょう」


 迷子は情報をまとめて、カタルシス帳をパタンと閉じる。

 すぐ向かいにある、パクの部屋を訪ねた――

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