↓第20話 つきささった、たんまつ。

 中央フロアの扉が開くと、香ばしいチーズの香りと、さわやかなトマトケチャップの香りが鼻孔びこうをくすぐる。


「スンスン……あ、ボブさん」


「やぁミズ・メイコ。キミも食べるかい?」


 テーブルの上にはアツアツのピザと、キンキンに冷えたコーラがあった。

 まるでパーティーでもはじめるかのように、ボブは八等分にしたピザを口元へと運んでいる。


「ン~ッ、最ッ高だよ! 出来立てのピザが食べれる宇宙ステーションなんて、世界広しどここだけだろうね!」


 伸びたチーズを頬張りながら、親指を立てるボブ。

 さっき中央フロアにいなかったのは、トイレではなくどうやらキッチンにピザを作りにいっていたらしい。


「ボブさん、どれだけ食いしん坊なんですか……」


「ハハ! 地上と同じ環境で調理できるのも人工重力のおかげだよ! 見てよこのキンキンに冷えたコーラ! 冷蔵庫も地上の製品が使える!」


 たとえば冷蔵庫の場合、重力がなければ内部のコンプレッサーに取りつけられているオイルパンにオイルが落ちない。

 そうなるとコンプレッサーが焼きついてしまうので、重力のあるところでしか地上の冷蔵庫が使えないというわけだ。

 ボブは重力の重みをコーラののど越しで実感していた。


「それよりボブさん、ちょっと聞きたいことがあるんですが」


 ボブは親指のソースを舐めて「なんだい?」と聞き返す。


「スター・レイのコックピットに行ってきました。操縦席の前に専用の端末が刺さっていましたが、あれはボブさんのですか?」


「ああそうだよ、一つはボクのものさ」


 そして少し暗い表情を落とす。


「ハイジャックなんかの緊急時にあれを使うんだよ。宇宙船は自動的に最寄りのターミナルに着陸し、そして二度と船は動かない」


「端末は一本でも機能するんですか?」


「いいや、プログラムを起動させるには二本必要さ。ボクとハリー、二人が持ってるのを差し込んで、はじめてスター・レイは止まるよ」


「失礼ですがボブさんがやったんじゃないですよね?」


「ま、まさか! ボクが目覚めたときにはもう!」


 ボブはブルブルと首を振る。


「ちなみにハリーも知らないって言ってたよ。つまりは誰かがボクたちの端末を奪ったってコトさ」


 迷子は相手の表情を読み取りながら次の質問をぶつけた。


「スター・レイはもう動かないんですか? このままだと地球にかえれないんじゃあ……」


「う~ん……」


 ボブは少し考えて、キンキンに冷えたコーラをあおる。


「方法はあるよ。ただ、今はムリだろうね」


「どういうことです?」


「停止したプログラムを再起動すればいいんだ。ただしこれを実行するには起動用の端末が必要さ。社長室の金庫に保管されている」


 ボブはまたグイっとコーラを飲み込み、


「――って、おっと! これはトップシークレットだからね! ここには誰もいない。ボクはピザと会話してただけ」


 うっかり端末の在処ありかを漏らしたことを誤魔化した。

 ボブは狼狽うろたえながらピザを口に放り込む。


「なるほど。スター・レイが再起動していないということは、今も端末は金庫の中ですね?」


「だろうね。あるいは誰かが持ち歩いているか……と言っても、そんなキーアイテムは社長も持ち歩かないと思うけど」


 ボブはそんなふうに言う。

 再びピザを頬張る彼の首元で、ペンダントがキラリと光った。


「そういえばそのペンダント、ボブさんが同じものをハリーさんたちにプレゼントしたんですよね?」


「ん? ああこれかい?」


 ペンダントを取り出したボブは、


「ハリーとサーヤのおそろいさ。中に写真が入るんだよ。どうだい、なかなかイカしてるだろ?」


 白い歯を見せながら表のフタを開ける。

 そこには写真が入っていた。


「これはボブさんの家族ですか?」


「大勢いるだろ? 祖父母に父、母、兄、姉、弟、妹――ボクを入れたら9人だよ」


「にぎやかそうですね。後ろの背景は小麦畑?」


「カンザス州にある実家の農地さ。ウチの小麦で焼いたピザは最高なんだ」


 言いながらまた一つピザを頬張る。


「あの味が忘れられなくてね。パイロットをやってなかったら、今ごろ店を開いてたかも」


 迷子はピザに手を伸ばすボブの手首を見る。

 そこには『赤いアザ』があった。


「どうしたんですか、それ?」


「え? ……あ、ほんとだ」


 ボブは不思議そうに手首をさする。


「どうりで違和感があったんだ。なんだろう、しかも両方の手首にある……」


 それはまるで、なにかに掴まれた痕のようだった。


「おかしいな……意識したら足首まで感覚が」


 なんとなくズボンの裾を上げて、ボブは靴下をめくる。

 するとそこにも赤いアザがあった。


「な、なんだコレ?!」


「う~ん……最近だれかに強く握られたりしましたか?」


「いや、そんなことはないよ。スター・レイに乗る前にもこんなのはなかったハズだし……」


 ボブは不安気だ。


「ということは、シスタークリムゾンで出来たアザということになりますね」


「どうしよう……ボクが眠っている間に、なにかされたのかな……」


「…………」


 迷子は考える。

 そしてしばらくすると、ハッとしたようにあることを思いついた。


「わかりましたボブさん」


「え?」


「そのアザをつくった原因が、そしてなにより――」


 ドヤ顔になった迷子は、ズビっと人差し指を突き出す。


「ブラックさんを殺した犯人が!」

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