↓第17話 なぜあなたがここに?

「そこでなにをしているんです?」


 迷子が慎重に近づくと、


「やぁ、メイコさん」


 パクは警戒を解くように笑顔を向けた。


「僕はジャーナリストだからね。なるべく現場を見ておきたいのさ」


 スポーツタイプの腕時計をいじりながら、そう告げる。


「メイコさんはなぜここに? 迷探偵の捜査?」


「そうです。なにか手掛かりがあるかもしれません」


「なるほど。じゃあ捜査の邪魔をしても悪いし、僕は部屋に戻るとするよ」


 そう言ってパクは踵を返そうとしたのだが、


「あのぉ、取材用の機材で現場を撮ったりしないんですか?」


 なにも持っていないパクに疑問を感じ、迷子は質問する。


「……それは無理だよ」


「どうしてです? スター・レイには検査を終えた取材用のカメラなどが積まれているはずです。電話でハリーさんたちに頼めば、機材を持ってきてくれるのでは?」


「もう電話したさ」


「え?」


「どうやら社長からNGが出たみたいでね。「シスタークリムゾンで起こった一切の出来事を記録しないように」ってさ」


「一切ですか?」


「ああ。こうして僕のような人間が呼ばれたのは、制限つきとはいえ取材を許可されたからさ。ところが今になってこの対応……怪しいと思わないかい?」


 パクは少し不満があるようだった。

 機材を取り上げられては取材ができない。

 しかし同時に、獲物を狩るハンターのような目つきにもなっていた。

 宇宙ステーションで起きた密室殺人。

 これほどのスクープはないからだ。


 あの機械音声を聞く限り、その原因はおそらく屑岡にある。

 アストロゲートの代表が事件に関与しているとなれば、記事のバリューとしても申し分ない。

 ジャーナリストの彼は、取材をあきらめていなかった。


「とにかくできる限りのことはするつもりだよ。なるべく生の情報を届けるのが僕のスタイルだから」


「そういえばパクさんは有名なインフルエンサーでもありましたね。SNSで発信される新鮮な情報は、世界中のみんなに人気です」


 彼のSNSアカウントには、100万人を超えるフォロワーがついている。


「はは、有名だなんて。夢中で取材してたらそうなってただけさ」


 言いながらパクは恥ずかしそうに頭を掻くと、


「そう……世界の隅々まで届くようにね」


 どこか遠くを見つめるように、ボソッと声をもらした。


「……パクさん?」


「ああ、ごめん。――そうだ、部屋に戻ろうと思ったけど、せっかくだからメイコさんの捜査も見学させてもらおうかな?」


「わたしの?」


「閃光の閃きを、ぜひこの目で」


 そんなことを言われた迷子は、「フフフ、そうでしょうしょうでしょう!」と得意気になった。


「仕方ありませんねぇ、今回はとくべつに見せてあげますよ!」


 そう言って現場の鑑識を行うことにする。

 いつもはゆららの仕事だが、今回は見張り役に回っている彼女の代わりを迷子が担うしかない。

 それに現場を知っておくことは捜査において重要なので、やる気がみなぎる。


「ではまず――」


 迷子は姿勢を低くして、床の周りを注意深く観察しはじめた。


「ほんときれいな床ですねぇ。キズなし、チリひとつ落ちていません」


 犯人が証拠でも落としたら、すぐに見つけることができただろう。

 しかし、それらしきものは見あたらない。


「でも、多少の血痕があります。わずかですが飛び散っているようで」


 床がきれいだからこそ目立つ。

 槍を刺したときの飛沫が、それなりに散乱していた。


「槍を抜いていたらもっとひどいことになっていたでしょう。想像したくもありません……」


 迷子は力なく首を振る。

 ちなみに飛沫はボブが倒れていた場所にもあった。

 血は乾いているようだ。


「それではちょっと失礼して――」


 今度は血だまりを避けながら死体に近づく。

 頭部や首筋、腕の筋肉など。

 わかる範囲で外傷がないか観察しはじめた。


「う~ん、目立った外傷はありませんねぇ……。やっぱり死因はこの槍でしょうか?」


 迷子は考える。

 被害者に争った形跡が見当たらないところをみると、おそらく眠らされた状態でここに連れてこられたのだと推測できた。

 壁際にもたれさせた状態で、犯人は槍を振りかざす。

 そして身体を貫通するほどの一撃が彼の命を奪った。


「先端が鋭いということもありますが、槍の重量も相俟あいまって身体を貫通したのでしょう。壁に刺さってビクともしません」


 改めて槍に注目する。

 斜めに刺さったその角度から推測すれば、犯人の身長がある程度割り出せるかもしれない。


「この高さだとそれなりに高い角度から刺してますねぇ……パクさんちょっと協力してもらえますか?」


「え?」


「身長は何センチですか?」


「あ、178センチだけど……」


「いいですね。すみませんがここに立って、槍を持つポーズをとってほしいんです」


 迷子は彼の身長をもとに、おおよその犯人像をつかもうとしていた。

 しかしパクは、


「う、うん……」


 控え目な返事をして、渋々協力するといった様子をみせた。

 死体に近寄るのがイヤなのだろうか?

 しかしさっきまで死体を観察していた彼が、近寄れないはずはない。


「どうしました?」


「…………」


 パクは死体のそばまで行き、槍に手を近づける。


「……――!」


 と、瞬間。

 彼は咄嗟に死体から離れ、呼吸を乱しながら我に返った。


「はぁ……はぁ……」


「ど、どうしました?」


「――……あ、いや……ごめん。なんでもない」


 パクの額には汗が滲み、顔色も悪い。

 ほんとうに死体が苦手だったのかと思い、「すみません」と迷子は謝る。


「とりあえずおおよその見当はつきました。この角度から突き刺すにしても、170センチは必要かと。今後の参考にしますので」


 迷子がお礼を言うと、「……お役に立ててなによりだよ」とパクは返事を返す。


「機材もおあずけされたことだし、そろそろ部屋に戻るよ」


 彼は深く息を吐き、そんなことを言った。


「わかりました。なにかあればまたお願いします」


「捜査がんばって。犯人がわかったらおしえてよ」


 そう言って腕時計をいじりながら、彼はこの場を去っていった。

 辺りに沈黙が下りる。


「……さて、ほかには――」


 迷子は捜査を続行する。

 ブラックの胸元に入っていたレコーダーを改めて取り出した。

 

「ん~と……」


 音声を再生してみたが、やはり機械で加工された声なので人物の特定ができない。

 仕方なくあきらめて、どんな機種か確認してみる。

 録音、再生、リピート機能など。

 コンパクトで持ち運びも便利なレコーダーだ。

 よく見るとリモコン機能がついており、遠隔で操作ができるようだ。


「つまり遠くに置いた状態で録音や再生が行えるということですね。犯人はあのときリモコンを使ったのでしょうか?」


 この手を使えば、タイミングを見計らって音声を再生することは可能だ。

 迷子は遠隔操作の可能性を頭に入れた。


「え~と、あとは……」


 血だまりを観察する。

 特にこれといって変わったものを見つけることはできなかった。

 ただ一つ目に留まるものがあるとすれば……


彼岸花ひがんばな……」


 死体の足元にそえられた、一輪の花。

 日本では全国的に秋ごろに見られ、広く知られている花だ。

 犯人がなにかしらメッセージをこめているのだろうか?


「う~ん、宇宙ステーションに咲いてるわけはないですし……おそらく犯人が置いたものと思いますが……」


 しかしそこにどんな意味があるのかわからない。

 この花を見た屑岡は、なぜあれほどに動揺したのか?

 やはり彼だけにわかるメッセージがあるのか?


「う~ん……」


 けっきょくわからなかった。

 それ以降も現場を調べたが、犯人につながるようなものを見つけることはできなかった。


「ん~、こんなとこでしょうか」


 とりあえず現場の特徴をカタルシス帳に記し、迷子はパタンとページを閉じる。


「さてと……」


 そして顔を上げる。

 視線の先には、モジュールの扉があった。

 宇宙船とドッキングした空間だ。


「一応、調べときましょうかね」


 迷子は歩みを進めて、ドアをくぐる。


「……」


 扉が閉まるとき、一瞬、立ち止まって死体を振り返った。

 現場に添えられた彼岸花を見て、ふと思い出す。


「そういえばたしか――」


 それは花言葉だ。

 その鮮血のように紅い花びらには、犯人の心情が反映されているようにも思えた。


『悲しい思い出』


 その言葉が脳裏をよぎり、迷子は少し引っ掛かりを覚えた――

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