↓第16話 はんにんの、ぶき。

 南側通路のドアをくぐると、白衣の女性がくるくる回りながらピエロみたいにおどけていた。

 スウェーデンの製薬会社、『ステラルークス』の研究員『アリス・ナカジマ』だ。


「すごいですねー、おっきいですねー!」


「なにしてるんですか?」


「ややっ! それはこっちのセリフですねー。あなたこそなにしてるんですかー?」


 迷子の周りをグルグル回りながらしゃべるアリス。


「わたしは事件の捜査中です」


「なるほどですねー、たいへんですねー」


「……アリスさんはなにをしていたんです?」


「これですねー、これなんですねー」


 アリスは両手を壁に向ける。

 そこには身長よりも長い槍が飾られていた。

 先端は鋭く、全体が血のように紅い。

 持ち手やいたるところに金の装飾が施されていた。


「南側通路にはこういったオブジェクトを展示しているんですねー。豪華ですねー、職人芸ですねー」


 そのほかだと有名な絵画も壁に飾られている。

 よく見ると槍を飾ってある上のスペースが、ぽっかりと空いていた。


「あれ、これって……」


「わかりましたかー? わかりますよねー? 一本足りないんですよねー」


 アリスはクツクツ笑いながら肩を揺らす。

 おそらくここにあったものに関しては、容易に想像がついた。


「犯行に使われた槍……ですか?」


「ピンポンピンポンですねー! ピンポンダッシュですねー!」


 アリスは壁に設置されたモニターを操作して、オブジェクトの説明文を選択する。


「ここには二つの槍が飾られてあったんですねー。『アラドヴァル』と『ゲイアッサル』。神話物語群に登場する光の神、ルグ伸の槍ですねー!」


「犯人はわざわざここから槍を外して、通路の向こうまで持っていったと?」


「そうですねー、そのようですねー」


 アリスはクツクツと笑う。

 なにがそんなにおかしいのか、よくわからない。


「アリスさん。ひょっとして事件のことについてなにか知ってます?」


「知らないですねー、なにも知らないんですよねー」


 訝しい視線を向ける迷子に、飄々ひょうひょうとした態度を示すアリス。


「だから迷探偵には期待してるんですよねー」


「え、わたしのことをご存知で?」


 迷子が尋ねると、アリスは再びクツクツと肩を揺らし、ニヤリと微笑んだ。


「――それではわたしはこれで。またお会いしましょう」


「バイバイですねー」と言いながら、アリスは中央フロアのドアをくぐって、この場からいなくなった。


「……なんだったんでしょう?」


 よくわからない人だなぁと思いながら、迷子は中央フロアの方をぼーっと眺める。

 とにかく凶器がオブジェクトだということはわかった。

 さっそくカタルシス帳にメモする。


「……OKです。次は死体現場ですね」


 そして通路の向こうに意識を向ける迷子。

 あそこにはブラックの死体がそのままになっている。

 さっきはアリスのインパクトで気づかなかったが、なにやら人の気配を感じた。


「……?」


 やっぱり誰かいる。

 通路の向こうまで歩み寄り、迷子はその正体を確かめた。


「……あなたは」


 注意深く声をかける。

 死体を眺めていた黒髪の男性は、こちらに振り返った――

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