↓第15話 のこされた、じょうきゃく。

「屑岡さーん! すみませんーん! ちょっといいですかー!」


 迷子はカードキーをうららのポケットに入れて部屋を出る。

 はす向かいにある屑岡の部屋を訪ね、呼び出しのチャイムを鳴らした。


『……なんだ』


 扉の横に設置してあるモニターから、不機嫌そうな声が流れる。

 屑岡の顔が映し出された。


「屑岡さん、事件の調査をしています。4年前になにがあったか教えてください」


『……知らない』


「犯人は罪を告白しないと全員を殺すと言っています。なにか心当たりがあるんじゃないですか?」


『才城家のお嬢さん。悪いが遊びにつきあっている気分じゃない』


「これはれっきとした調査です! これ以上犠牲者を出さないよう協力を――」


 迷子が食い入ると、屑岡は何も言わずにモニターの映像を切った。

 これ以上話すことはないらしい。


「らちが明きませんねぇ……」


 モニターから顔を離し、困った表情を浮かべる迷子。

 そのタイミングで、中央フロアのほうからハリーがやってきた。

 大量のキャリーケースをカートに入れて運んでいる。


「どうしたんです、その荷物?」


「やぁミズ・メイコ。部屋にもってくるよう頼まれたんだよ」


「誰にです?」


「ミズ・タキガワさ」


 ハリーはとなりにある焚川の部屋を見る。


「へぇ、しかしすごい量ですね……。ちなみにボブさんは?」


「ああ、彼は荷物を取りに行くのが怖くて中央フロアにいるよ。スター・レイに行くには死体の前を通らないといけないからね」


 死体を目の前にしたボブは、腰を抜かすほど恐怖していた。

 本人からすれば、なるべく南側通路にはいきたくないのだろう。


「しかしなにが入っているんでしょうね」


 迷子はあごに指を当てながら、山積みのキャリーケースを見る。

 間もなくハリーが部屋のチャイムを鳴らすと、焚川がモニターに現れた。


『――いま開けるワ。中に運んで』


 扉が開き、ハリーがカートを押す。

 通路の照明が、彼の胸ポケットからはみ出たチェーンのようなものをキラリと照らした。


「ハリーさん、それって――」


 迷子には見覚えがあった。

 ペンダント。

 ボブが身につけているものと同じ形だった。


「ああ、これかい?」


 ハリーはそれを取り出して説明する。


「ボブからのプレゼントなんだ。『表と裏が開く』ようになっていて、中に写真が入るんだよ」


 彼が表のフタを開けると、中に家族の写真が入っていた。

 父、母。それに姉が二人と、ハリーが映っている。


「私だけでなく、『サーヤ』も持ってるよ」


「サーヤって?」


「ああ、秘書のタテゾノのことさ。サヤカだからサーヤって呼んでる。私たちは仲がよくて、プライベートでも交流があるんだよ」


 このペンダントは休暇を利用して三人でフロリダの遊園地に行ったときに、ボブが買ってくれたらしい。


「いいですね。わたしもいきたいですっ!」


「ハハ、今度デートに誘うよ」


 ハリーが微笑んでいると、「ちょっと早くしてよ!」と焚川が部屋の中から出てきた。


「あら? 誰かと思えば才城家のお嬢サンじゃない」


 迷子を見た途端、不機嫌そうな表情がやわらかくなった。


「なにしにきたのォ? もしよかったらお茶でも飲むぅ?」


「そ、捜査の途中ですので……」


「あらぁ、事件を調べてるのネ! えらいワぁ!」


 迷子の視線の高さまで姿勢をかがめると、焚川は彼女の頭をゆっくりと撫でた。

 しかしその手つきはなまめかしく、少女の首筋や頬を這う。


「遠慮しなくていいのよォ、おいしいケーキもあるワぁ」


「け、ケーキは苦手ですので……お、お話はまた、こ、こ、今度、で……っ」


 迷子はヘビに睨まれたネズミみたいに硬直する。


「ウフフ、いいわぁ。お楽しみはあ・と・で・ネ」


 焚川は迷子の唇に人差し指を当てると、手を振りながら部屋へと戻っていった。

 その姿が、子供を食べる魔女に見えた。

 錯覚を振り払うように、迷子は口をつぐんだまま首をプルプルと振る。


「……ミズ・メイコ?」


 ハリーの声で我に返った迷子は、動揺して思わずその場から逃げ出した。


「びえぇぇぇぇぇん! わたしはおいしくありませぇぇぇぇん!!」


 そして涙目のまま、ものすごい勢いで中央フロアのドアを潜る。


「ハァ……ハァ……」


 膝に手をついて、荒ぶる呼吸を整えた。


「…………ん?」


 そしてふと顔を上げると、ある違和感に気づく。

 辺りがやけに静かだ。

 人がいない。


「あれ……ボブさんは?」


 見張り役がいなければ、犯人の抑止力にはならない。

 まぁ、トイレに行っているのかもしれないが……。

 とりあえずここは監視カメラも作動しているので、多少のことは大丈夫だろう。


「……そんなことより捜査です」


 とくに気にすることもせず、迷子は南側通路のドアを潜る。

 屑岡が捜査に協力しない以上、ほかの視点から事件を解明しないといけない。

 こうなると聞き込みのほか、現場の検証は重要な役割を果たすだろう。

 犯人の手掛かりを掴むため、迷子は死体現場へと向かった。


「いざゴーです!」


 しかしこのあと。

 ドアの向こうで迷探偵は、不可思議な動きをする『あの人物』と出くわす――

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