↓第14話 こくはくの、いみ。

「んしょ……んしょ……」


 迷子は部屋を目指す。

 自分よりうららは身体が大きいので、運ぶのは大変だ。

 小さな身体を奮い立たせ、迷子はついに部屋の前までやってきた。


「んしょ……んしょ……ぷはぁ! つきましたあっ!」


 西側通路。

 本来ならゆららが使うはずだった部屋の扉を開ける。

 なんとかベッドにうららを寝かせると、大きく息をはいてその場にしゃがみ込んだ。


「あーつかれました~……まったく、いつまで寝てるんですか!」


 皮肉をはいてうららの顔を覗き込む。

 ほっぺを指でつついても、やはり起きる気配はない。


「もしもーし」


「スヤァ……」


「朝ですよー」


「スヤァ……」


「おやつぜんぶ食べちゃいますよー」


「……ディス・イズ・ニンジャ……」


「なんの夢みてるんですか……」


 迷子は肩を落とし、あたりを見渡す。

 よく見ると、かなり豪華な部屋だった。

 白い壁と真っ赤な絨毯じゅうたん

 ふかふかのベッドに高級そうなソファ。

 それは一流ホテルのスイートルームを思わせた。


「すごいですね……」


 食器棚には金と銀で装飾されたティーカップやお皿が置いてある。

 ナイフ、フォーク、スプーンもぴかぴかだ。

 冷蔵庫には飲み物や、おいしそうなスイーツも並んでいる。


「ゴクリ……せっかく運んであげたんです。ひとつくらいもらってもかまいませんよね?」


 自分に言い聞かせるように呟くと、迷子はこっそり食器棚からフォークとお皿を取り出す。

 冷蔵庫のケーキを載せると、それを一口サイズに切り分けてパクっと口の中に放り込んだ。


「モグモグ……」


 おいしい。

 かなり手の込んだケーキだ。

 きっと一流のシェフが作ったものに違いない。


「ングっ! さすがシスタークリムゾンです! ケーキ一つ抜かりありませんね!」


 夢中で二口目を頬張る。

 モグモグ……。

 …………。

 あっという間にケーキがなくなった。


「…………」


 迷子は眠ったうららを一瞥いちべつする。

 音を立てないようにそぉ~っと冷蔵庫を開けると、二個目のケーキを皿に載せた。


「はむはむ……」


 ほっぺにクリームをつけたまま、なにげなくあたりを見渡す。

 するとあるものを見つけた。


「あれは――」


 透明な衣装ケースに宇宙服が入っていた。

 取っ手のところに説明書きの札が掛けてあるので、迷子は口を動かしながらそれを取る。


「ウェットスーツタイプの最新型なんですね。フムフム……見た目はスリムですけど特殊な素材を使用しているので、熱やスペースデブリから身を守る性能があるんですか……」


 宇宙にはたくさんの塵が飛んでいる。

 加えて寒暖差が激しい空間でもあり、事故や温度調整の対策が必須だ。

 そんな危険から身を守るために、この宇宙服は重要な役割を担っていた。


「こっちの酸素ボンベもコンパクトですね。へぇ、これで数時間も稼働できるんですか」


 ケーキを頬張りながら、宇宙服の性能に感心する。

 ヘルメットのところに大きく番号が記載されているが、これは部屋の番号と連動しているらしい。


「つまり、それぞれの部屋に一つの宇宙服が置かれているんですね」


 迷子はケーキを全部食べ終える。

 空になったお皿をテーブルの上に置き、イスに座りながら天井を見上げた。


「ふぅ……」


 宇宙が広く見渡せるように、天井と一部の壁は一面ガラス張りにされている。

 どこまでも続く常闇とこやみと、星の明かりが壮大なスケールで目の前に広がっていた。


「…………」


 果てしない景色を前にすると、つい考えごとをしてしまう。

 本来ならもっとこの景色に夢中になっていたはずなのに、今は素直にはしゃぐことができない。


「…………」


 やはり事件のせいだ。

 気になる。

 宇宙ステーションで人が死んだ。

 犯人は4年前の罪を告白しろと屑岡に要求した。

 犯人はその罪を自白させることが目的なのだろうか?

 それとも単なるブラフで、本当に殺人をたのしんでいるだけなのだろうか?

 そもそも屑岡はなにを隠しているのだろうか?


「…………」


 この謎を解かない限り、この景色に心酔することはできないだろう。

 そしてなにより。

 罪のない血が流れることを止めなければならない。


「……迷ってる場合じゃありません」


 迷子の脳裏に閃光が走る。

 ここが本当の墓標になるまえに、犯人をこの手で捕まえるしかない。

 ポーチからカタルシス帳を取り出して、迷子はペンを握る。

 口金くちがねの曲線が、星の瞬きをキラリと反射した。


「わたしの出番、ですっ!」

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