↓第13話 うちゅうの、みっしつ。

 周囲の乗客は顔を見合わせる。

 誰一人として『カティポ』の名前を知るものはいなかった。


「ハハ! 組織以外のヤツに名前を言われたのは久しぶりかもな。それにその動き。さてはオマエ、東洋の『NINJA』ってヤツだろ?」


「ええ、そうよぉ」


 嬉々としてゆららを凝視するK――あらため『カティポ』。

 彼女の表情には獲物を見つけたような興奮と、同士に再会したような歓喜が混在している。


「……あの、お取込み中申し訳ないないんですが、『かてぃぽ』って?」


 一触即発の空気を読まず、迷子がマイペースに質問する。

 戦闘態勢の構えを取ったまま、ゆららはにっこりと微笑みを返した。


「『カティポ』は世界で暗躍する暗殺集団、『シックス・アイ』の一人よぉ。たった6人で構成されているそのメンバーは国籍も生い立ちも不明。わかっているのは高額の依頼料で仕事をこなすということ。それとメンバーが『毒グモのタトゥー』を入れているということくらいだわぁ」


 ちなみに『シックス・アイ』や『カティポ』の名前は、砂漠に生息する毒グモが由来だとのこと。


「そのとおり。ゾウも一撃で倒せるぜぇ」


 カティポは手の甲を突き出してアピールする。

 暗殺集団ということを隠す気は微塵みじんもないようだ。


「し、シックス・アイ? アナタたち映画の観すぎじゃなイ?」


 焚川は頬を引きつらせる。

 暗殺集団と言われて、ここにいる何人がそれを信じるだろうか?

 しかし対峙する二人からただよう空気は、異常だった。

 呼吸で肺が凍るほどの緊張感。

 迷子だけは平然としているが、黙り込んだ乗客たちは、それ以上口を挟もうとはしなかった。


「まぁ、信じるかどうかは好きにしな。アタシはいま興奮してるんだ。同じニオイのするヤツは久しぶりでね」


 うまい肉を前にした猛獣のように。

 まるでゆらら以外には興味がないといったようだ。


「……ちょっと待ってください、まさか毒グモさんがブラックさんを殺したんじゃないですよね?」


「あァン? 毒グモ?」


「ブラックさんとケンカした勢いで殺したとかしてませんよね?」


 注意深く相手の表情を窺う迷子。

 今までの言動を見るからに、カティポはすぐに手が出そうなイメージがある。

 ちょっとした言い争いが、殺す理由になったかもしれない。


「フン、知らないね」


 しかし彼女から語られた言葉は否定だけではなく、


「むしろ死んでくれて清々してるぜ」


 彼の死を望むものだった。


「え、でも彼はパートナーですよね?」


「クライアントってだけだ。仕事中は行動を制限されるから好きなときに戦闘できねぇ。そろそろ嫌気がさしてたころにヤツは死んだ。クク……アタシは自由さ。思う存分ヤれる。強いヤツとヤれたらそれでいい」


 その邪悪な笑みに、乗客のほとんどが息を呑む。

 彼女が気まぐれに人を殺すのなら、自分たちにその牙が向くことだって考えられた。


「ち、ちょっと待ちなサイよ! 殺し屋を雇っていたんなら、あのブラックって男も相当ヤバイやつってことじゃナイ!?」


 不安の色を浮かべる焚川に、


「ま、好きに想像しな」


 と、カティポは軽くあしらった。


「とにかく暴れさせろ。こんな強ぇヤツ、久しぶりなんだからなァ!」


 今にも飛び掛かりそうなカティポ。

 迷子は「ムッ」と頬を膨らませ、彼女の前で色紙を突き出した。


「いけませんよ毒グモさん! わたしのサインあげますから大人しくしてください!」


「あァン、なに言ってやがる? いっとくがアタシは強いヤツにしか興味はねぇ。ザコは消えな」


「ムムム……言いましたね? いいでしょう、王嬢おうじょう学園で『開闢かいびゃくの魔眼(トレース・アイ)』の異名をとるこのわたしが、『神経衰弱』でブチのめして――」


 ポーチからトランプを取り出す迷子。

 どこかズレた会話に辟易へきえきしながらも、二人を見ていたゆららが口を挟んだ。


「とにかく事件が解決するまで騒ぎは禁止ねぇ。犯人を捕まえて地球にかえることが先決だしぃ。そのときは好きなだけ勝負してあげるから、今はおとなしくしてねぇ」


 どこかユルい物言いに、空気が弛緩しかんする。

 せっかくの雰囲気も台無しになり、興を削がれたカティポはため息を吐いた。


「……ハァ、白ける連中だぜ」


 そして頭を掻きながら、


「おい、酒はあるか?」


 立薗に問う。


「それならキッチンに……」


 カティポは何も言わず、そのまま部屋を出ていった。

 乗客たちは、少しだけ胸を撫で下ろす。

 ゆららも戦闘態勢を解き、迷子に視線を向けた。


「それじゃあメイちゃん、姉さんを頼むわぁ」


「まかせてください!」


 迷子は部屋を出るゆららの背中を見送る。

 しばしの沈黙を挟み、パクが苦笑いをこぼした。


「殺人事件に殺し屋って……ハハ、まるで映画だね」


 そして仕切り直すように問う。


「ねぇ、タテゾノさん。あのブラックって人は何者なの?」


「いえ、実は宇宙機器を開発・販売する企業のCEOだとばかり……」


「殺し屋を雇っているって事実は?」


「それも今知ったといいますか……なかば混乱しています」


 殺し屋を雇っていたブッラクが殺され、そのブラックと屑岡は付き合いがあった。

 表向きはクリーンな体裁を保ちつつ、裏ではよからぬ活動をしていたのではないか? そんな思惑が一同の頭をよぎる。

 場を仕切り直すように、立薗がメガネの位置を直して口を開いた。


「――ではみなさん、今一度こちらをご確認いただければと」


 そしてモニターの見取り図に乗客の名前が表示された。

 ハリーの譲り合いなどもあり、最終的な部屋割りはこのようになった。


●東側通路の部屋

『アリス・ナカジマ』

『タビー・クエーサー』

『パク・イジュン』

『立薗沙華』


●西側通路の部屋

『才城迷子』

『苦楽園うらら』

『屑岡芥』

『焚川リオナ』


●中央フロア

『ハリー・ウィリアムズ』

『ボブ・ジョーンズ』


●北側通路【倉庫】

『苦楽園ゆらら』

『カティポ』


●南側通路

『ブラック』(死体)


「部屋の内装と家具の種類はすべて同じです。そして監視カメラは『北側通路』『西側通路』『中央フロア』の三カ所しか機能していませんので、その点はご留意ください」


 立薗は念を押す。


「東側はピンチですねー! デンジャーですねー!」


 アリスはピエロみたいにおどけて、


「まぁ、こればっかりは仕方ないよ」


 パクは力なくため息を吐く。


「ご安心ください。私もなるべくフロアで待機しますので」


「そうだね。少なくとも中央フロアで見張っていれば、犯人の行動を制限できるよ」


 ハリーとボブが言う。

 区画を移動するには、必ず中央フロアを通ることになる。

 見張りがいれば不審な移動は目撃されるし、カメラがある場所では部屋を出た時点で記録に残る。

 仮にカメラの作動していない東側通路で事を起こせば、容疑者が限定されるので犯人としては動きづらい。

 今はなるべく自分たちで身の安全を確保するしかなかった。


「それとみなさまの部屋には電話が備えつけてあります。なにかあれば、こちらでお申しつけください」


 部屋番号を入力すれば、対応した部屋と通話ができる。

 立薗は部屋番号を確認するようみんなに伝えた。


「それではみなさん、お気をつけて」


 そしてカードキーを受け取った乗客は、コントロールルームから出ていく。


「…………」


 迷子はうららを背負ったまま、あることを考えていた。

 さっきカティポの蹴りを受け流した、ゆららのことだ。


「…………」


 気のせいであってほしいが、やっぱり気になる。

 部屋を出るとき違和感があった。

 いつも通りに見えて、なにか違った。


 ゆららは腕を押さえていた。


 その仕草からするに、あるいは腕を負傷したのではないかと。


「…………」


 そんなふうに思いながら、

 うららを背負って部屋へと向かった――

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