↓第12話 ようぎしゃは、だれ?

 北側通路を少し進むと、右手にコントロールルームが見えてくる。

 迷子たちが部屋の扉をくぐると、正面には数々のモニターとコンピュータが並んでいた。

 荘厳そうごんな光景だ。

 まるで宇宙戦艦のブリッジを彷彿ほうふつとさせる。


「おい! どうなってるんだ!?」


 部屋に入るなり、飛んできたのは屑岡の怒声だ。

 頭を掻きながら、コントロールパネルに両手を叩きつけている。


「どうかしましたか?」


 迷子は立薗に聞いてみる。

 彼女は困ったようにメガネの位置を直した。


「それが……地球と連絡がとれないんです」


「え?」


「しかも監視カメラのいくつかは機能を停止しているんです。死体現場の映像は出ないし……、さらに客室用の部屋は一部のドアにロックがかかっています。もうめちゃくちゃです」


「なんとかならないんですか?」


「原因がわからない以上、どうすることもできません」


 ちなみに使用できる客室は、『東側通路』と『西側通路』のみだ。

 監視カメラが作動しているのは『北側通路』『西側通路』『中央フロア』の三つだけ。

 嘆息する秘書の姿には、あきらめの色が窺えた。

 一連のやりとりを眺めていた焚川たきがわが、ここでも苛立ちをあらわにする。


「じゃあなに? ワタシたちは救助も呼べないまま犯人と行動をともにするってワケ? ハン、冗談じゃない! 相手は殺人鬼よォ? モタモタしてたら全員殺されるワ!」


「しかしこの状況では……」


「あなた秘書でしょ? なんとかしなサイよ! ハン、深紅の墓標とはよく言ったものネ!」


 皮肉を吐く焚川に、「諦めるのはまだ早いです」とハリーが前に出る。


「これだけのエラーが出ていれば、管制塔のほうで異常を検知しているはずです。定期連絡も行えないとなると、地球から救助隊がくるのは時間の問題かと」


「ほんとに? 信用していいワケ?」


 疑うような焚川の視線に、「……はい」と気圧されながらハリーは頷きを返す。


「でも、安心するのは早いんじゃナイ? 救助が来るまえにワタシたちが殺されるかもしれないでしょ?」


「それは……」


 ハリーは言いよどむ。


「そもそもこの現状をつくった原因はアンタじゃない? ねぇ、ミスター・クズオカ。なんなの『4年前の罪』って。隠してることがあるんだったら全部話しなサイよ!」


 焚川に詰め寄られた屑岡は、返す言葉もなく手の震えをグッとおさえた。


「と、とにかくだ。救助が来るまで耐えればいいんだろ? フン、それまでの辛抱だ」


「アンタねぇ!」


 噛みつく焚川に、「まぁ、落ち着いて」とハリーが割って入る。


「それなら中央フロアで全員待機するのはいかがでしょう? これなら犯人だって手が出せないはずです」


 確かに多数の視線にさらされては、犯人も迂闊うかつな行動に出れないだろう。

 しかしこの提案に、屑岡は「ダメだ」と首を振った。


「相手はこんな場所で人を殺したイカレ野郎だぞ? 『皆殺しが目的』だったらどうする? 手を出さない保証はない!」


 その可能性も否定できなかった。

 屑岡に注意を向けておいてからの皆殺し。

 ただの快楽殺人なら、それも充分あり得る。


「でも、それなら眠ったときにわたしたちを殺すこともできたはずですが……」


 迷子は咄嗟に口を挟む。

 それぞれの意見が入り乱れるなか、それらを蹴散らすように屑岡は言った。


「えぇい、とにかく部屋のカギをよこせ! 立薗、俺の部屋は無事か?」


「は、はい。社長の部屋は正常に――」


 立薗の言葉を聞き終えるまえに、屑岡は乱暴にカードキーを奪う。

 そのまま身を隠すように、西側通路の自分の部屋に行ってしまった。


「ハァ……ワタシもたわむれるのはゴメンね」


 その光景を見ていた焚川が、肩をすくめてため息を吐いた。


「なにが起こるかわかったモンじゃない。ワタシたちにも部屋があるでしょ? 事前に用意したハズよね?」


 彼女はカードキーをよこすようジェスチャーする。

 今回の視察は宿泊も兼ねていたため、あらかじめ乗客の部屋割りが決められていた。

 誰がどの部屋を使うかは、数日前に配送された資料に記載されてある。


「はい。ですが問題があります」


「なによ?」


「これを見てください」


 立薗がコントロールパネルを操作すると、巨大なモニターにシスタークリムゾンの見取り図が表示された。

 正常に動作する部屋に水色のランプが点灯して、ロックが掛かった部屋には赤色のランプが点灯している。


「事前に決めた部屋割りですと、『パク様』『ゆらら様』『ブッラク様』『K様』それと……『ボブ』の部屋にロックが掛かっています。この方たちはどうすれば……」


「フン、いいじゃない。私の部屋は使えるんだし、通路のカメラも作動してる。ゆずるつもりはないワ。最初に決めたことでしょ? それともなに? 部屋を明け渡して殺されろって?」


「いえ、そういうつもりでは……」


 言い淀む立薗。

 さらに焚川は続ける。


「なんなら『北側通路』の部屋が空いてるじゃないの。そこを利用すれば?」


「ですがこれは『キッチン』『倉庫』『トイレ』です。あとはこの『コントロールルーム』だけで、休養する場所としてはいかがなものかと……」


「それなら東西南北にある『モジュール』は4カ所もあるワ。そうね、廊下で寝るって方法もあるわネェ」


 さすがにこれは「冗談よ」と言いつつも、焚川は立薗を困らせた。

 ここで迷子は難しい顔をしながら手を挙げる。


「あの! 乗客の『ブラック』と『K』って誰です?」


「ああ、言ってなかったっけ?」


 近くにいたボブが、こっそり迷子に耳打ちする。


「モジュールで死んでたのが『ミスター・ブラック』で、あそこにいるのが『ミズ・K』だよ」


 ボブの視線の先には、銀髪でタンクトップの女性がいた。

 ターミナルでいきなり襲い掛かってきた人だ。

 迷子は警戒の色を示す。


「なるほど……ありがとうございます。これで全員の名前がわかりました」


「どういたしまして」


 ボブは静かにウインクを返す。

 迷子はさっそくカタルシス帳に名前を書き記した。


「とにかくカギをちょうだい。ワタシはもううんざりよ!」


 焚川がヒステリックな声を上げる。

 立薗から強引にカードキーを奪うと、不機嫌にヒールの踵を鳴らしてコントロールルームから出ていった。


「…………」


 気まずい空気が流れるなか、気を利かせてハリーが口を開く。


「あ……乗客優先なので私の部屋は誰か使ってください。大丈夫です、イスとコーヒーがあれば問題ありませんので」


 周りの雰囲気をできるだけ和らげようとしたのだろう。

 するとボブも彼に続いた。


「ボ、ボクもハリーと同行するよ。二人いれば見張りにもなるし……それにキッチンが近いほうが安心する」


 キッチンは北側通路にあるから、中央フロアとの距離は近い。

 食いしん坊の彼らしいコメントだった。


「ハン! アタシもパスだ」


 そう言ったのは壁にもたれて様子を眺めていた『K』だった。

 興味なさそうに手を払うジェスチャーで、言葉を続ける。


「その部屋、かなり豪華なんだろ? そんな堅苦しいとこ願い下げだね」


「ですがせっかくの個室ですし……」


「もっと他にあるだろうが」


 気を遣った立薗を押し退けて、Kはモニターの見取り図に視線を這わす。

 そして倉庫の場所を確認すると、「フン」と鼻を鳴らしてコントロールルームを去ろうとしたのだが、


「なるほどねぇ。じゃあ、私も彼女に同行するわぁ」


 そんなKを通せんぼするかのように、ゆららがやってきた。

 うららが起きなかったようで、姉ををおんぶした状態だ。


「ゆららん!」


「メイちゃん。悪いけど姉さん起きないみたぁ~い」


 困った顔でゆららは迷子に報告する。

 そんな彼女を見て、Kは苛立った表情を向けた。


「あァン? なに言ってやがる? アタシと同行だァ?」


「フフフ、一緒じゃイヤかしらぁ? 大丈夫、姉さんは私の部屋においていくからぁ、私とふ・た・り・っ・き・り」


 ゆららは唇に人差し指を立てる。

 背中のうららは「スヤァ」と寝息を立てて、まるで起きる気配がなかった。


「オイオイふざけてんのか? アタシは眠いんだ。一人にさせろ」


「ふざけてなんかないわぁ。何せ事情が事情だもの。あなたには見張りが必要でしょぉ?」


「あァン?」と返すK。

 しばらく考えるようにゆららに視線を這わせると、


「てめェ……」


 と、意味深に一言もらした。

 ゆららはKの『あること』に気づいている節がある。


「ゆららん、どういうことです?」――二人の間に漂う違和感を察し、迷子はすかさず質問してみた。

 するとゆららはにっこりとした目元を薄く開き、


「その答えは、あなたの口から聞きたいわぁ」


 そう言ってKに視線を向けた。


「…………」


 少しの沈黙を挟むと、


「……ハァ」


 Kはうんざりした様子でため息を吐く。

 そして次の瞬間――。

 まぶたを開けた彼女の瞳が、鋭く光った。


「――――!!」


 ドッパァァンという破裂したような音とともに、空気が振動する。

 周りのみんなは何が起こったのかわからない。

 気づけばゆららとKが戦闘態勢の距離を取り、構えていた。


「え? ……え??」


 迷子は目を白黒させる。

 なんだか背中が重い……。

 首を後ろに向けると、いつの間にか背中でうららが寝ていた。

 あの一瞬でゆららは、自分の姉を主人の背中にかつがせたのだ。


「ハン! ははは! やっぱテメェ、サイっコーだぜ!」


 Kは興奮した面持ちで愉快に笑う。

 その表情を窺いながら、ゆららは神妙な面持ちで口を開いた。


「やっぱりねぇ……ターミナルで会ったときからおかしいと思ったのぉ。その凍るような殺気、そして一瞬で4発の蹴りを叩きこむ身体能力――」


「よ、4発!?」


 ゆららの言葉を聞いて、改めて目を見開く迷子。

 あの一瞬でKから繰り出された蹴りを、彼女は4回も受け流していたのだ。


「そしてなにより――」


 ゆららの視線はなぞるようにKの手の甲を見て、


「そこに刻まれた『毒グモのタトゥー』」


 警戒を孕む声と共に、視線を上げた。


「あなた……『カティポ』ねぇ?」


 カティポ――

 それは名前だろうか?


「…………」


 その言葉を聞いた途端。

 Kの口元が、ニヤリと歪み、


「やっぱテメェ――」


 おもちゃを見つけた子供のように、瞳を光らせた。


「最っッ高だぜェ……ッッ!!」

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