↓第10話 ぼひょうに、なる。

「ちょっと、なんなのよォ……」


 やがてレコーダーは沈黙した。

 物騒な内容を聞かされたことで、焚川は不満の色を声に滲ませる。


「アンタなにやらかしたのよ! 全員殺すってどういうことよォ!」


 その鋭い視線は屑岡に向けられていた。


「し、知らない! 俺はなにも知らない!」


「じゃあこいつはなによ! アンタのこと言ってるんじゃないの!?」


 焚川はレコーダーを指差す。

 しかし屑岡は視線を逸らして、目を泳がせた。


「知らないといったら知らないッ! とにかくこんなことにつきあってられるか! 犯人の目的はわからないが、一刻も早く帰還するぞ!」


 そう言ってスター・レイに乗り込もうとした屑岡だったが、


「あ、社長……」


 腰を抜かしたボブが、おずおずと口を開く。


「さきほども言いましたが、スター・レイの電源が落ちているんです。どうやら緊急停止用のプログラムが作動しているようで……機体を動かすことができません」


「はぁ? 連絡くらいはできるだろ」


「それが、管制塔との通信も遮断されていまして……」


 これを聞いた屑岡は苛立ちをあらわにした。


「クソッ! じゃあシスタークリムゾンを使えばいい! コントロールルームがあるだろ!?」


 そこはいわば、シスタークリムゾンの心臓とも呼べる部屋だ。

 コンピュータによるステーション全体の管理だけでなく、地球との通信もそこで行われる。

 屑岡は乱暴に靴底を鳴らし、コントロールルームがある北側通路へと向かった。


「社長!」


 秘書である立薗もあとに続く。


「ちょっと、まちなさいよォ!」


 ヒールの音をカツカツ鳴らしながら、焚川もついていく。

 一方、迷子は考え込むような仕草でボイスレコーダーを眺めた。


「犯人はなんの目的で……」


 独り言のように呟く横で、アリスがとぼけた声を出す。


「あれー? あそこにあるのはなんでしょうー?」


「え?」


 彼女が指差すほうを見上げると、天井に監視カメラが設置されていた。


「ミズ・メイコ。あそこに犯人が映っているかもしれません」


 ハリーが同僚のボブに肩を貸しながら、そんなことを言う。

 コントロールルームに行けば、それが確認できるはずだ。


「……迷ってる場合じゃありませんね」


 迷子も北側通路に行くことにする。

 それを聞いたアリスも、


「行くしかないですねー! 行くしかないですよー!」


 と、みんなをきつけた。


「検死のほうはゆららんに任せましょう。ゆららん、わたしが行ってる間に死体を――」


 迷子はそう言うが、返事が返ってこない。

 振り向くといつの間にかゆららがいなくなっていた。


「あれ? どこにいったのでしょう? というかうららんも――」


 ゆららだけでなく、姉のうららもいないことに気がつく。

 うららに関しては、はじめからこの場にいなかったように思える。


「こんなときに……まだ中央フロアで眠ってるんでしょうか?」


 熟睡していたうららを思い出して、迷子は身を案じる。

 なにごともなければいいのだが――


「行かないんですかー? 行っちゃいますよー?」


 思考にふけっていると、遠くからアリスの声がする。

 彼女はすでに、中央フロアへ向かうドアを潜ろうとしていた。

 その横にはタビーの姿があり、震えながら迷子のほうを見ている。

 早く死体から遠ざかりたいといった雰囲気が伝わってきた。


「……仕方ないですね」


 迷子もコントロールルームに向かおうとする。

 しかし、そこでパクの姿が目に入った。

 死体現場に立ち尽くしたまま、腕時計をいじっている。


「あれ? パクさんは行かないんですか?」


 迷子の問いかけに、パクはハッとした表情を浮かべた。

 腕時計をいじる手を止めて、迷子のほうに振り返る。


「あ、ああ。コントロールルームだっけ?」


「そうですけど……なにかありました? ずっと死体を眺めてましたけど」


「いや、気にしないで。なんでもないんだ……」


 パクは腕時計を隠すようにして、踵を返す。


「さぁ、メイコさんも行きましょう!」


「……はい」


 一旦死体は放置して、一同は北側通路を目指した。

 去り際に死体を一瞥いちべつして、迷子は犯人像を推理する。

 高度444kmで起こった密室殺人。

 深紅の墓標は、しかしこのあと迷探偵をますます混乱の渦へとおとしいれることになる――

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