↓第9話 のーふゅーちゃー。

「ボブさぁー--んッ!!」


 迷子を先頭に、乗客は次々と駆け出す。

 目指すは南側通路。

 巨大な自動ドアをくぐると、広くて一直線の通路が伸びていた。

 ここも壁や天井はガラス張りで、道中には美術品が飾られてある。

 ところどころに部屋の入り口が見られ、おそらく客室と思われた。

 しばらく走ると、視界の先に二人の人影が見える。

 一人はパイロットであるボブだった。

 上下の歯をカタカタ鳴らして、腰を抜かしている。


「ミ……ミズ・メイコォ……」


 消え入りそうな声と真っ青な顔で、彼は助けを求めた。

 ボブの眼前には、白髪の男性の姿があった。


「これは……」


 迷子は壁にもたれて顔を伏せている彼の姿を認識する。

 それは決して寝ているのではない。


 死んでいた。


 巨大な槍が心臓をつらぬいていた。


「なんでこんなことに……」


 深い海のような青に、銀色の装飾が施された巨大な槍だった。

 彼は間違いなく死んでいるのだが、ひとつ奇妙なことがあった。

 その足元に、『彼岸花ひがんばな』が添えられていた。


「……これは?」


 迷子は首をかしげる。

 ステーションで彼岸花の栽培をしているなんて聞いたことがない。

 と、すればこれは意図的に持ってきて置かれたものだろう。

 なにかのメッセージのようにも思えるが、実際のところはわからない。

 迷子が考えていると、後ろから騒がしい声がした。


「ウッ、ちょっと! どうなってんのよォ!?」


「死んでるんですかー!? 死んでますよねー!?」


 鼻を押さえながら焚川が顔をしかめ、アリスが興味深そうに死体を凝視した。


「……!!」


 やってきたタビーは目を見開いて声を詰まらせる。

 そのままガタガタ震えながら、観葉植物の陰に隠れてしまった。


「…………」


 次に現れたのは銀髪でタンクトップの女性。

 彼女は死体を一瞥いちべつすると、「ニヤァ」と獣じみた笑みを浮かべ、無言のまま中央フロアに戻っていった。


「メイちゃん、これってぇ……」


 ゆららがやってきて、死体に目をやる。


「はい。おそらく殺人です」


 これだけ大きな槍を刺されては、自殺というにはムリがある。

 迷子もゆららも、現場を見てそう思った。


「ゆららん、現場を頼めますか?」


 ゆららは静かに頷き、現場を調べはじめる。

 彼女は忍者であるがゆえ、苦楽園流の検死・鑑識術をマスターしていた。

 本来は死体から情報を持ち帰る暗躍者のスキルだが、メイドになってからは迷子の捜査のために活用している。


「さて……」


 一方の迷子は軽く息を吐いて表情を改める。

 死体を前にして、迷探偵のスイッチに切り替わったようだ。


 つまり捜査がはじまる。


 まずは聞き込みといったところだが、先ほどこの場を立ち去った銀髪の女性が妙に気になっていた。

 自分のパートナーであろう男性を目の前にして、あの態度は怪しい。

 今から追いかけてもよかったのだが、目の前で怯え続けるボブもまた気になった。

 死体の第一発見者ということもあり、迷子は彼から質問してみることにした。


「大丈夫ですか? いったいここでなにがあったんです?」


「わ、わからないよ……目が覚めたらスター・レイにいて、船の電源が全部落ちていたんだ。でもみんなはいなくて……宇宙船がドッキングしてたから外に出たんだけど、そしたら……そしたらこんなことに……!」


 その声は震えていた。

 胸ポケットに入れていたペンダントをいじりながら、恐怖を別の場所に逃がそうとしている。


「――……なっ」


 と、そこに革靴の底を鳴らす音が荒々しく響き渡る。

 乗客を掻き分けてやってきたのは屑岡だ。

 目の前の死体を見たまま、言葉を失っている。


 ――というよりも。


 死体の足元にある『彼岸花』を見たまま、固まっているようだった。


「…………ッ!」


 歯を食いしばる屑岡の表情が、だんだん恐怖に染まっていく。

 脂汗を額に滲ませて、彼はボブに語りかけた。


「……おまえがやったのか?」


「……え?」


「おまえがやったのかと聞いているッ!」


 その声にいたわりや介抱かいほうといった感情はない。

 まるで尋問のような語調で言葉を浴びせた。


「なんでこんなことをした!? 俺は聞いてないぞ!? こんな大事な日に……俺たちを眠らせたのもおまえか!? オイ、いったいどんな手をつかった!? 俺たちをどうやってここへ連れてきた!?」


「し、社長……ボクはなにも……」


 胸ぐらを掴む勢いでまくし立てる屑岡に、ボブは為す術がない。

 その様子を見かねたハリーと立薗が急いで割って入った。


「おちついてください社長!」


「ここはひとまず、状況を把握する必要があるかと」


 なだめようとする二人に振り返った屑岡は、しかしさらに語気を強める。


「おいおいやけに冷静じゃないか。クライアントが死んでるんだぞ? どう見たって自殺じゃあない! まさかおまえたちも噛んでるのか? もしかして誰か雇ったのか? ん? 正直に言えッ!」


 興奮は治まらない。

 血走ったを見る限り、もはや誰の話にも聞く耳をもたないといった様子だった。


「とにかく異常事態だ! 管制塔と連絡をとってすぐさま地球に帰還する。オイ、すぐに手配をしろ!」


 言葉を撒き散らして怒鳴る屑岡。

 しかし、その直後に不穏な違和感が辺りを包んだ。


 ――聞こえる。


 なにかの電子音のような……そんなノイズが確かに聞こえた。


『次ハ、オ前ダ』


 そして唐突だった。

 ノイズははっきりとした声に変わり、どこからともなく降ってくる。

 ただ、人の声ではない。

 明らかに機械で加工された声だった。


「だ……誰だッ!?」


 屑岡は狼狽うろたえて辺りを警戒する。

 そんな中、「あそこですかー? あそこですよー?」と、おどけた様子でアリスが指を差した。

 ポケットだ。

 それは死体となった白髪の男性の胸ポケットから聞こえてくる。


『屑岡ニ告グ。4年前ノ罪ヲ告白シナケレバ、オ前ヲ地獄ニ落トス。繰リ返ス。4年前ノ罪ヲ告白シナケレバオ前ヲ――』


 音声は淡々と繰り返された。

 屑岡を殺す。

 端的に言えば、そんな内容だ。

 しかし『4年前の罪』とはなんだろう?

 意味深なメッセージを聞きながら、迷子は血だまりをよけて死体に近づく。

 その胸ポケットを探ると、小型のボイスレコーダーが見つかった。


「ここから声が出ていますね。遠隔操作でしょうか……」


 レコーダーの詳細を調べようとしたそのとき。

 加工された音声の声が歪みはじめる。


『繰リ返ス。4年前ノ罪ヲ告白シナケレバ――』


 そして同じ文言を繰り返すのかと思いきや、次に告げられた言葉を聞いたみんなは静まり返った。


『ココニイル全員ヲ、殺ス』

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