↓第8話 ん? ここは……

「――……むにゃ?」


 どれくらい時間が経っただろう?

 迷子が目を覚ますと、知らない場所のテーブル席に座っていた。

 どうやらうつ伏せになって寝ていたらしい。

 見た限り、このフロアはかなり広いようだ。

 ドームの形をしていて、天井から壁までガラス張り。床はピカピカ。

 観葉植物が飾られ、すみっこのほうに四角い空調装置が置かれていた。

 外を見ればどこまでも続く夜の世界が広がり、巨大なプラネタリウムを彷彿ほうふつとさせる。


「…………」


 辺りを見渡すとほかの乗客もいた。

 丸いテーブルの上でしたり、壁に背を預けた状態で眠っている。


「ちょっとうららん! ゆららん!」


 同じテーブルで寝ているメイド姉妹を揺り起こす迷子。

 するとうららが「ディス……イズ……ニンジャ……」と呟いた。

 なんの夢を見ているのかわからないが、とりあえず身体は無事のようだ。


「ん~…………んン?」


 そのタイミングでゆららが目を覚ます。

 ぼやくようにうめきながら、目を擦って辺りを見渡していた。


「メイ……ちゃん? 私たちいったい……」


「わかりません。それよりみんなも」


 ぐったりとしていた乗客たちだが、間もなくして次々と目を覚ましはじめた。

 誰もわけがわからないといったふうに、周囲に視線を巡らせている。


「――……ここは?」


 テーブルから身体を起こしたパクは、頭を押さえながら呟いた。

 船内が光りに包まれたところまでは覚えているが、それ以降の記憶はない。


「ン~……ちょっとぉ、どうなってんのよぉ!」


 苛立ちをはらんだ声を上げたのは焚川たきがわだった。

 豪奢ごうしゃに盛られた長い髪を揺らし、腕を組んで辺りを睥睨へいげいしている。


「ちょっとアンタ。起きなさいよ」


 言いながらヒールの先で、そばで寝ていた女性の脚をつつく。


「ふにゃ……?」とヨダレを拭いながら起きたのは、スウェーデンの製薬会社に務めるアリスだった。


 丸メガネの位置を直しながら、「ここはどこですかー? どこですかねー?」と辺りを不思議そうに眺めている。


「…………ぅっ、俺はいったい……」


 続いて壁に背を預けていた屑岡が目を覚ます。

 状況が呑み込めないといった様子で、頭を手で押さえた。


「……う、うぅ……」


 ほぼ同時にパイロットであるハリーも目を覚ました。

 自分は操縦していたハズなのに、なんでこんなところにいるんだろうといった表情だ。


 その横でよろよろと屑岡が腰を上げ、近くのテーブルに歩み寄る。

 そこで寝ている秘書の肩を軽く叩いた。


「立薗、おい。どうなってる。立薗、立薗!」


 怒鳴り声に反応したのか、うめきながら立薗はぼんやりとした目をこする。


「社長……わたくしは……」


「寝ぼけてる場合か! これはおまえの仕業だろ? ちゃんと説明しろ!」


「いえ、わたくしはなにも……」


 まるでわからないといった様子の彼女に対し、屑岡はなおも怒鳴りつける。

 その大きな声に反応し、床で寝ていた女性が目を覚ました。


「……んだよ、うるせぇな」


 コンバットブーツにタンクトップ。

 銀髪のベリーショートの女性。

 眉間にシワを寄せるその表情から、寝起きはあまりよくないとみえる。

 八つ当たりついでにまた襲ってくるんじゃないかと深読みし、迷子は両手を広げて彼女の前にでた。


「ケンカはいけませんよ!」


「あァン? なんだチビ」


「チビじゃありません、迷子です! サインあげるので静かにしてください!」


「なに言ってやがる。そんなことよりこの状況を説明しろ」


「わたしにもわかりませんっ!」


「……なら黙ってろ」


 銀髪の女性はうんざりしながら手で払う。

 実際、迷子はこの状況を説明できない。

 現状を把握するために、もう一度あたりに意識を集中させた。


「…………ん?」


 すると違和感があった。

 天井だ。

 夜空の様子が……おかしい。


「……まさか!」


 ハッとした瞬間に走り出していた。

 壁際のガラスに張りつき、迷子は外を凝視する。

 やっぱりだ。

 そして確信する。

 自分たちがいる場所を。

 その状況を。


「シスター……クリムゾン!」


 足下には宇宙が広がっていた。

 どこまでも続く漆黒の闇と、なによりも深い地球の青。

 迷子に続き、乗客たちも次々と窓際に張りつく。

 音のない悠久の世界を目の当たりにして、それぞれが動揺を口にした。


 すでに辿り着いていたのだ。

 というより……誰かがつれてきたというほうが正しいか。

 だとすればなんで眠らせる必要があったのか?

 その理由がわからない。


「これが……宇宙? でもちゃんと地に足がついて――」


「『グラビニウム』ですよ」


 不思議そうにしているパクに、立薗が口を挟む。


「人工重力です。ここはシスタークリムゾンで間違いないかと」


「……おどろいた。地球とまったく変わらないよ」


 わかってはいたが、こうしてみると改めて衝撃を受ける。

 パクは跳んだり腕を振ってみて、人工重力の感覚を確認していた。


「すごいです……これが科学の力」


 迷子は思わずため息をこぼす。

 しかし、その感動を味わっている暇はなかった。


「ねぇ、なんでワタシたちはここにいるワケ?」


 そう言ったのは焚川だった。

 この状況に疑問を持つのは当然だ。

 スター・レイで光に包まれたあと、みんなはほぼ同時に気絶した。

 原因はわからないが、おそらく眠りについた理由はそこにあると思われる。

 それが人為的なものだとすれば、なにかしらの意図があって行われたハズだが……。


「あれ? そういえばボブが……」


 ハリーはフロアを見渡す。

 もう一人のパイロットの姿がない。


「あれー? それだけじゃないですよー? まだ足りませんよー?」


「え?」


 双眼鏡を覗くようなジェスチャーで、アリスが辺りに視線をめぐらせた。

 ハリーはもう一度フロアを見渡す。

 確かにもう一人いない。

 紫色のメガネをかけた、あの白髪の男性だった。


「別の場所にいるんでしょうか? ハリーさん、シスタークリムゾンの見取り図はありますか?」


 迷子の問いにハリーは、


「はい、それなら――」


 フロアに設置された巨大なモニターの前で、画面をタップする。


「これがシスタークリムゾンの全体図です。この宇宙ステーションはシンプルな十字架のかたちをしています」


 ハリーは説明する。

 迷子たちがいるのが『中央フロア』。

 そこを中心に東西南北に真っ直ぐな通路が伸びている。


『東側通路』

『西側通路』

『南側通路』

『北側通路』


 それら4つの通路には、客室や倉庫などがある。

 そして通路の先端には宇宙船をドッキングさせるための『モジュール』と呼ばれる空間があった。


「モジュールはいわば密室です。扉を閉めた状態で空気を抜き、内部の圧力などを調整します。その後、外部へのハッチを開いて船体とドッキングしたり、宇宙服で外にでることができます」


 ハリーはそう伝えた。


「なるほどです。ということは、このモジュールのどこかにスター・レイがくっついているということですね?」


「おそらくは。宇宙船からの出入口はそこしかありませんし、私たちがここにいることがないよりの証拠です。ボブたちもまだスター・レイに乗っているかもしれませんし、仮にステーション内にいるとしても、シスタークリムゾンはシンプルな構造なので手分けすればすぐに見つかるかと」


「わかりました。それではさっそく、みんなで手分けして――」


 そう迷子が言おうとした途端、


「うわああぁぁああぁぁァァぁぁァァー--ッッ!!」


 突然の悲鳴が木霊こだまする。

 その出所は南側通路だった。

 聞き覚えのあった声に反応し、迷子は一目散に駆け出す。


 胸騒ぎがする。


 彼の身に、なにかあったに違いない。


 ボブ・ジョーンズ。


 彼が無事であることを祈りながら、迷子は通路を走った――

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