↓第4話 くせのつよい、じょうきゃく。

「じゃーん! 『カタルシス帳』でっす!」


 迷子の取り出したアイテム。

 それは祖母である著名なミステリー作家、『才城リリィ』が生前にプレゼントした特別な手帳だった。

 魔導書のような豪奢な装飾が施されており、関わった事件の詳細や気になったことが書き記されている。

 迷子はカタルシス帳のページをめくりながら、正面のロビーに目をやった。


「フムフム、ここにいる人たちが搭乗者ですね。パイロットを含めて全部で『13名』ですか」


 こんなこともあろうかと、あらかじめ搭乗者のデータをメモにしたためておいた。

 誰がどこから来てなんの仕事をしているのか、軽い情報が載っている。


「さっそくです。誰かにご挨拶でもしましょう――」


 そう言って周りをキョロキョロしていると、


「こんにちは。ミズ・メイコ」


 はるか頭上から、男性の声が降ってきた。

 思わず肩を震わせて、迷子は上を向く。


「はじめまして。パイロットの『ハリー・ウィリアムズ』と申します」


 とても背の高い男性は、慇懃いんぎんに一礼した。

 迷子はカタルシス帳のデータで確認する。

 彼は25歳のイギリス人で、今回搭乗する宇宙船『スター・レイ』のパイロットだ。


「ハローハロー、マイネームイズメイコ。アマイモノ、ダイスキ」


「ハハ、ニホン語で大丈夫ですよ」


 ハリーは流暢りゅうちょうな日本語を披露する。

 今回の旅は、言語が達者な人たちが多いようだ。


「あー……えと、今日はよろしくお願いします」


「こちらこそ。なにかお荷物はありますか?」


「あ、それでは――」


 迷子はピンクのキャリーケースを差し出す。


「これをお願いします」


「確かにお預かりしました」


 そう言って機長の帽子を被り直したハリーは、


「なにかあればいつでもお申しつけください。快適な宇宙の旅をお約束します」


 そう言ってこの場を去った。


「ありがとうございます。またのちほど!」


 迷子はそう言って手を振る。

 すると背後から、なにかの気配を感じた。


「……ん?」


 そばにあった観葉植物の枝葉がカサリと揺れた。

 迷子はジーっと目をらしてみる。


「……え?」


 緑色の大きなものが動いた。

 植物じゃない。

 それはモフモフの髪の毛。

 そこにいたのは男の子だった。


「…………」


 ふんわりとしたエメラルド色の髪の毛に、透き通るような瞳。

 その男の子は隠れるようにして、迷子の顔をじーっと見つめている。


「えと、あなたは――」


 彼が首から下げたネームプレートには、『タビー・クエーサー』と記載されてあった。

 カタルシス帳のデータによると、【アメリカの大手メディアで記者を務める24歳男性】と書いてある。


「コホン。えと、わたし、メイコといいます」


「…………」


 日本語が通じないのか、タビーは無言のまま迷子の瞳を見続ける。

 狼狽うろたえながら次の言葉を探していると、突然タビーが顔を覗き込んできた。


「り……り?」


「へ?」


「ホン……もの?」


「???」


「ニセ……もの?」


「?????」


 言おうとしていることが掴めないまま、迷子は首をかしげる。


「あ~……えと、ワタシ、エイゴ、レッドドット……」


 話が噛み合わないまま、時間が過ぎる。

 けっきょくよくわからないまま、タビーは隠れるようにどこかへ走り去ってしまった。


「なんだったんでしょう……」


 メディアの記者というよりは、引っ込み思案の少年という印象があった。

 わけがわからないまま立ち尽くしていると、別の人が来た。


「やぁミズ・メイコだね。はじめまして、ボクはボブ。『ボブ・ジョーンズ』だよ」


 その丸っこい体型の男性は、片手で特大のピザを食べながら微笑んでいた。

 彼はアメリカ出身の24歳で、好物はピザとコーラ。

 ハリーと同じくスター・レイのパイロットで、金髪のリーゼントが特徴的だ。


「はじめまして。わたし、迷子です」


「なにか手荷物はあるかい? こちらであずかるけど」


「大丈夫です。さっきハリーさんに渡しました」


「そうかい。なにかあったらいつでも言ってよ」


 言いながらボブは伸びたチーズを頬張る。

 気づけばあっという間にピザはなくなっていた。


「え~と、そういや製薬会社の荷物がまだだったな――」


 指についたソースを舐めながら、ボブはポケットに忍ばせた端末を起動する。

 そこには搭乗者の手荷物リストが表示されていた。


「たしか酔い止めがなんとかで……」


 独り言を言いながら視線を上げるボブ。

 その先には、白衣を着た美人の女性がいた。


「やぁ、ミズ・ナカジマ。それが例の荷物かい?」


『ナカジマ』と呼ばれた女性は、厳重そうなジュラルミンケースに頬ずりしながらヨダレを垂らしている。

 迷子は気になってカタルシス帳を見た。


「『アリス・ナカジマ』――スウェーデン出身の21歳。製薬会社『ステラルークス』に勤務する研究員で、日本人の彼と最近結婚したばかりですか……」


 ケースを抱えていたアリスは、ボブに気づいて顔を上げる。

 丸いメガネをクイっとあげると、ニヤァと相好を崩した。


「でゅふふ、最高です最高ですよ~。我が社で開発した最高の酔い止めなんですね~コレ。これで宇宙に行ってもゲロゲロとはおさらばなんですね~♪」


「あ、ああ……。それってシスタークリムゾンまでの道中でテスト試飲するんだよね?」


「大切にあつかってくださいよー? ぜったいですよー?」


 怪し気にメガネを光らせてボブに語るアリス。

 ちょっと引き気味になりながらも、ボブはそのケースを受け取った。


「じ、じゃあ確かに」


 苦笑いをたたえたまま、ボブは検査ゲートのほうへと向かう。

 黙っていれば美人だけど、言動が怪しいマッドサイエンティストにしか見えないアリスだった。


「ここは退散しましょう……」


 絡まれるとややこしいことになりそうな気配を感じ、迷子はそぉ~っと踵を返す。

 肩を揺らしながら独り言を呟いているアリスを背に、そのまま別の場所へと移動した。


「あらぁ。もしかして才城家のお嬢サンじゃなくって~?」


 すると目の前に、ヒールを履いた背の高い女性が立っていた。

 ちょっとキツめの香水の香り。

 脚のスリットが大胆に開いたワインレッドのドレスを着て、組んだ両腕に重たそうな両胸が載っている。


「えと、あなたは……」


「フフ、ワタシはリオナ。『焚川たきがわリオナ』よォ」


 迷子はカタルシス帳で調べる。

 データによると彼女はイタリア出身の29歳。

 日本人の父のあとを継いで、現在は葬儀そうぎ会社の社長を務めているという。


「ねぇ、宇宙葬うちゅうそうに興味はなぁい?」


 焚川はこれでもかというほど盛った金髪を手で払うと、妖艶ようえんに微笑んだ。

 膝を折って視線の高さを低くすると、迷子に名刺を渡す。


「う、うちゅうそうですか?」


「ええ、ロケットに遺骨を入れて宇宙に飛ばすの。ロマンチックと思わなぁい? 今じゃあ、シスタークリムゾンのおかげでその展開はさらに広がった。いずれ宇宙ステーションの中で葬儀が可能になるワ」


 焚川はうっとりと頬に手を当てる。

 高額だが、彼女の描く宇宙葬プランに興味をもつ富裕層は多いらしい。


「ゆくゆくは誰でも利用できるようにコストをさげるつもりだけど――って、あらごめんなさァい。仕事の話になるとつい夢中になっちゃってェ」


 焚川はそう言うと、


「フフ、もし興味があればいつでも言ってね。ワタシが最高のカタチにして葬送おくってア・ゲ・ル」


 なまめかしい手つきで迷子の頬を撫で、この場を去った。

 見た目のせいか、なんだか子供を食べようとする魔女のように見えた。

 迷子は口を結んだままプルプル震えて、スカートの裾をきゅっと握る。


「わ、わたしは100万歳まで生きるのでー--!!」


 そう言うとピューっと反対側に駆け出した。

 本当に食べられる――そんな気がして。


「――わぷっ!」


「おおっと!」


 ちゃんと前を向いていなかったので、何かにぶつかった。

 鼻筋を押さえながら顔をあげると、そこにはノートPCをもった男性が立っていた。


「大丈夫? ケガはない?」


 手を伸ばす彼は、黒髪でナチュラルマッシュヘア。

 韓流アイドルみたいに端整な顔立ちだった。


「うぅ、だいじょうぶです……あなたはたしか――」


 迷子は手帳をめくる。

 彼は韓国出身の『パク・イジュン』。

 むかし日本に住んでいたことがあり、現在はフリーのジャーナリストをしている。


「そういうキミは『閃光の迷探偵』、だね?」


「え、どうしてそれを?」


「はは、ある程度のことは調べてあるよ」


 男性はノートPCをコンコンと叩く。


「なるほど、情報が武器というわけですね」


「『メイコ』は韓国でもちょっとした有名人だからね。ほら、SNSで」


 パクは携帯端末をかざす。

 そこには『迷子・暴走』や『迷子・爆喰い』などのワードが並んでいた。


「……ろくなワードがありませんね……」


「ところでメイコさんはなぜシスタークリムゾンに?」


「えと、今回は自転車に乗るために来たんです」


「ジ……ジテン?」


「つまり宇宙人とお友達になるんですよ!」


「…………」


 少し沈黙が流れる。


「なるほど、ひょっとするとメイコさんに密着したほうがおもしろい記事が書けそうだ」


 パクは肩をすくめて微笑んだ。


「ちなみにパクさんはなんで宇宙ステーションに? 単なる取材ですか?」


 迷子も質問を返す。

 するとパクは、


「そうだね。なにせ世界初の重力をもった宇宙ステーションなんだから。その実態を知りたいのは記者として当然だよ」


「なるほど」


「それに――」


「それに?」


「……ああいや、なんでもない」


 神妙な面持ちになったパクは、言いかけたことを引っ込めて目を逸らすと、


「それじゃあ仕事があるから」


 手をかざしながら、PCを抱えてテーブル席のほうに去っていった。


「……なにを言おうとしたんでしょう?」


 迷子は首をかしげたまま彼の背中を見つめる。

 すると向こうからうららとゆららが歩いてきた。


「なぁ迷子! あっちにカッケえ模型がいっぱいあるぜ! すげーんだ! シスタークリムゾンができる過程だってよ!」


「んもう、はしゃいじゃってぇ……。メイちゃんもなんとか言ってよぉ! 私が寝てたら起こしてくるんだからぁ!」


 キャハハハと八重歯を光らせるうららに、うんざりするゆらら。

 どうやらロビーの近くに、シスタークリムゾンにまつわる模型を展示しているらしい。

 来訪者にわかりやすく、製造過程とその歴史を解説しているようだ。


「まぁまぁ二人とも。そろそろ出発の時間ですし、アナウンスがあるかと――」


 そんなとき、そばの自動ドアが開いた。

 中から男性が一人、女性が一人出てくる。


「――――」


 男性は日に焼けた黒い肌と逆立つ白髪。

 レンズが紫色のメガネをしていた。


「――――」


 女性は雪のように白い肌とベリーショートの銀髪。

 タンクトップのシャツに迷彩柄のズボンを穿いて、コンバットブーツを着用している。


「――――」


 さらにもう一つ特徴的なことに、


「――――」


 女性の手の甲には、『毒グモのタトゥー』があった。


「――――」


 迷子、うらら、ゆららの視線が、その男女の視線と交差すると、


「――――」


 それは一瞬のことだった。


「――――見ィつけた」


 血に飢えた獣のような眼光を宿して。


 銀髪の女性が、襲いかかってきた――

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