↓第2話 たったいま、つきました!

 迷子の唐突な思いつきから一カ月が過ぎた。


 ここはアメリカのユタ州。

 見渡す限り、辺りには広大な赤い砂の大地が広がっている。

 あちこちにアーチ状の巨大な岩石がそびえ立ち、そのオレンジ色の岩肌には横縞模様よこしまもようが刻まれていた。


 どこまでも続く青い空の下、人工的に舗装された一本の道が地平線に延びている。

 そこを走行するのは、藍色に塗装されたオープンカーのジープ。

 車体に刻まれた才城家のエンブレムが、キラリと太陽を反射した。


「「U・S・A! U・S・A! ズンズンチャ! ズンズンチャッ!」」


 眉が隠れるほど大きなサングラスをかけて、後部座席で迷子とうららが騒ぐ。

 ブーツのかかとでズンズンと音を鳴らし、手拍子と合わせてリズムを刻んでいた。


「もう二人とも、遠足じゃないだからぁ……」


 助手席でゆららが頬杖をつく。

 運転席では軍服を着たいかつい運転手が、無言でハンドルを握っていた。

 うららが八重歯を光らせて叫ぶ。


「ひゃっほーアメリカだぜ! 見ろよ『カラフル煙幕』持ってきたんだ! ディズミーランドでニンジャショーやろうぜ!」


 その横で迷子が不遜ふそんな笑みを浮かべる。


「ふふふ、その前にわたしの全米デビューが先です。ついにこのときがきました。知り合いの『スティーブン・マクフライ監督』に映画の撮影を依頼しましょう」


「メイちゃん誰なのその監督……?」


「フフフ、今は無名ですがとてもいい映画を撮ります。彼はいずれ大成功を収めるでしょう」


「はぁ……そもそも自転車に乗るはずが、なんでこんなことになってるのぉ?」


 二人を見て、ゆららが嘆息した。


「答えは簡単です。宇宙人とお友達になるんです!」


「えぇ?」


「宇宙人とお友達になるんです!!」


「いや、二回言っても意味わかんないんだけどぉ……」


「以前、映画の話をしましたよね? 宇宙人とお友達になった主人公が自転車で空を飛ぶやつ。あれで思いついたんです。宇宙人とお友達になれば、練習しなくても自転車に乗れるんじゃないかって!」


「メイちゃん、そもそも主人公は最初から自転車に乗れるんじゃあ……」


「フッフッフッ、大丈夫ですよ。宇宙には無限の可能性がありますからね。飛びますよ、わたし。ルート66を爆走する日もそう遠くありません」


 空を飛びたいのか自転車に乗りたいのかよくわからない迷子……。

 サングラスの奥で、その瞳が怪しく光る。


「はぁ……この一カ月、メイちゃんがコソコソ仕込んでたのは知ってたけどぉ。まさか宇宙人と友達になる計画だったなんてぇ……」


 ゆららは額を押さえて首を振る。

 いつも以上に迷走している迷子だった。


「ちょっとゆららん、わたしを信じていませんね? 大丈夫ですよ。日本に帰るころには『空を駆ける迷探偵』としてアメリカのメディアから大注目です!」


「そうねぇ……というかメイちゃんも姉さんも英語しゃべれるのぉ?」


 ゆららは今さらな質問をぶつけてみる。

 すると後部座席の二人は少しのあいだ顔を見合わせて、


「あいあむ、めいこ!」


「ディス、イズ、ニンジャ!」


 と、元気よく手を挙げた。


「……はぁ、わかったわぁ」


 ゆららは再び額に手を当てる。

 この先が思いやられそうだ。


「迷子様、そろそろ到着です!」


 すると運転手がよく通る声で言った。

 片手で敬礼しながら、後部座席の迷子に双眼鏡を渡す。


「――わおっ! あれはっ!」


 レンズを覗く。

 はるか前方の岩山に、キラリと光るものが見えた。

 なんだろう?

 それは自然の大地にそぐわない、銀色の巨大な建物だった。


「すごい! まるで秘密基地ですね!」


「スッゲェ! ガチで映画とかに出てきそうだな!」


 興奮する迷子とうらら。

 周囲をぐるっと岩山に囲まれている近未来的なデザインの建物は、まるで砂漠に現れたモノリスのようで神秘的だった。


「あれが今回の目的地、『アストロゲート』の本社であります! これから別の車両に乗り換えて、宇宙船のターミナルへ向かいます!」


 運転手は再び敬礼をきめて、アクセルをふかす。

『アストロゲート』とは、近年成長を続けているベンチャー企業のことだ。

 特に宇宙開発事業に力をいれており、自社の宇宙船や宇宙ステーションも所有している。


「ん? そういや迷子、よく宇宙行きの切符が手に入ったな」


 ふと、うららは尋ねる。


「フフン、これも普段からわたしが良い子にしているおかげですよ」


「はぁ? 誰がだよ」


「なんですかうららん。言っときますけど今回宇宙に行けるのは、すべてわたしのおかげです! アストロゲートは自社で建設した宇宙ステーションへの視察を定期的におこなっているんですよ。席の空くタイミングを見計らい、三人分の切符を買い取りましたからねっ!」


「ちなみに一人あたり、日本円で約5000万円よぉ……」


 ゆららがボソっとこぼす。


「ごっ、ごせん!? えと、ハンバーガー何個分だ……」


 震える両手の指で数えるうららを見て、迷子がまた不遜な笑みをこぼした。


「ふっふっふっ、甘いですようららん。これから行くところはファーストフード店より魅力的です。なにせ世間を賑わせているあの『シスタークリムゾン』なんですから!」


「え? いもうとがどうしたって?」


「し・す・たー・く・り・む・ぞ・ん! 高度444kmに浮かぶ真っ赤な宇宙ステーションです。十字架の形をしているため、別名『深紅の墓標』とも呼ばれているんです!」


「ぼひょうって……なんでそんな物騒な名前ついてんだ?」


「SNSでネタにされたのがきっかけです。見た目のインパクトが中二病ですからね。色もぜんぶ真っ赤ですし。でも大丈夫です。シスタークリムゾンは最先端の科学が結集した宇宙要塞ですから」


「そんなにすごいのか?」


 いまいちピンときていないうららに対し、ゆららが補足する。


「シスタークリムゾンは世界初の『人工重力』を備えた宇宙ステーションよぉ」


「え? じんこうって――」


「これねぇ」


 うららの前に、スッと携帯端末が差し出される。

 そこにはシスタークリムゾンにまつわる解説動画が表示されていた。


「言葉どおりの意味よぉ。人工の重力が存在する宇宙ステーション」


「マジで? 宇宙に重力があんの?」


「そう。はじまりはユタ州で発見された巨大な鉱石がきっかけねぇ。この不思議な石はのちに『グラビニウム』と呼ばれるようになってぇ、特殊な加工を施すことで人工重力を実現できるのぉ」


 うららは目を丸くして動画を観る。

 そこには研究施設の様子が映し出されていた。

 真球の形をした大きな鉱石がグラビニウムだ。

 横縞模様が特徴的で、人が磨いたように表面がツルツルになっている。

 その一部を切り出して専用の装置に入れると、鉱石が青白く発光した。

 研究者が機械のスイッチを入れると、近くに置いてあった石やコップが、糸で手繰り寄せるかのようにグラビニウムへと引き寄せられていく。


「ちなみに加工の方法はトップシークレットみたいです」と、ドヤ顔の迷子。


 なんでお前がドヤ顔なんだよと思いながらも、うららは「へぇ」と感心したように画面の映像を観ていた。


「どうですうららん? この魔法の石のおかげで新しい宇宙の歴史が誕生しようとしています。なんだかわくわくしません?」


「ああ。ってか思ってたよりスゲェな……」


 正直、自転車のことなんてどうでもよくなっていた……。


「迷子様! 到着です!」


 そうこうしているうちにアストロゲートに到着する。

 停車したジープから降りた運転手は直立すると、


「いってらっしゃいませ!」


 敬礼して迷子たちを送り出した。


「ふふふ、いよいよですね」


 迷子は正面にそびえる神秘的な建物を見上げる。

 宇宙への期待を懐きながら、アストロゲートの正面ゲートを潜った――

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