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 環日本アーカイブ。過去の試合中継が月額観放題のサービスである。

 これを利用しているのはファンばかりではない。

 タブレットの画面の中には、木宮改那がいた。対する相手は柴橋健。タイトル戦である。

 若き木宮は柴橋のテクニックの前に苦戦していた。だが、エルボースマッシュを連打された後に、縦肘を返して流れが変わった。柴橋の体がふらつく。それをフロントスープレックスで投げる。抑え込むがカウントツー。さらに起き上がらせた柴橋の頭を左脇で抱え、後ろに投げた。ハーフハッチホールド。今度は柴橋が返せず、スリーカウントが入った。

 こうして、若きホープは団体のトップに立った。このときは誰も、一年後に退団するなど考えていなかった。

 大鯱は、自分のことを思い出す。破竹の勢いで勝ち上がり、初めての三役、小結に上がった。未来の大関候補との声も多かった。

 だが、その頃には大鯱の気持ちは揺らいでいた。原因は、景ノ海だった。対横綱戦は一度も勝っておらず、内容も完敗だった。なかなか「横綱候補」と呼ばれないのも、それが理由だとわかっていた。

 結局関脇まであがったものの、壁に当たった。当然だった。当時の大鯱には、そこまでの実力はなかったのだ。だから、はっきりとそう言った。まだ関脇の力はない、上に行けるようには仕上がっていない、と。

 大鯱にはファンも多かったが、彼の言動を嫌う人も多かった。いつも客観的に自分を見つめて、実力以上のものを求めようとしない。そういう冷静さは、生意気に見える場合もあるのである。通を気取りたいような人々から、特に大鯱は攻撃された。

 大鯱は疲れてしまった。大関に上がっても、負ければ叩かれるのは知っている。苦労して苦労して強くなって、苦労して苦労して地位を守って、理想の力士像を貫いて、その先には何があるのだろう。横綱になれない自分と、どう向き合っていけばいいのだろう。

 元々、好きで入った世界ではない。スカウトされて、気が付けば入門することになっていた。まだ、取り戻せるのではないか。大鯱は、考えた。若きプロレスのチャンピオンが誕生したことも、彼の決意を後押しした要因の一つだった。

 木宮と、戦ってみたい。そう思った。いつか追いついて、倒したい。その願いが叶うかはともかく、まさか入れ違いになるなどとは想像もできなかった。

 ただ、同じような悩みを抱えていただろうとは想像できる。プロレスの世界にも、ままならないことはある。木宮も、壁にぶつかっていたのだろう。

 今、沙良星は岐路にいると大鯱は感じていた。身体能力は素晴らしい。けれども、それを生かし切れていない。稽古はしているはずだ。変えるべきは、意識だ。

 自分も、そうであったように。

 木宮は見ていた動画を閉じて、別の動画へと飛んだ。かつてのヒールレスラーたちの動きを、勉強しなければならなかった。

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