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「速く攻めた方がいい」

 部屋を出ようとする沙良星の背中に、大鯱が声をかけた。

「え」

「いや、辞めた人間だから申し訳ないけど。プロレスをやってみてわかったんだ。受けの癖がつくんだって。それで苦戦しているだろ?」

「……」

「十両では、それで受け止められているかもしれない。けれど上を目指すなら、先手を取らないとだめだ。プロレスのことを、全部忘れるぐらいに」

「ありがとうございます」

 沙良星は振り返らないままに、頭を下げ、そのまま部屋を出ていった。

「どうしたんだ。相撲のことを話すのは珍しい」

 根木原は控室に残っていた。腕を組み、横目で大鯱を見る。

「今でも相撲は好きですよ。幕下から見てます」

「そうなのか」

「期待の力士がね、伸び悩んでいてね。たまたま目の前に現れたってわけですよ」

「お前の方は、アドバイス貰わなくてよかったのか」

「あ、そっか」

 大鯱は、苦笑した。



 ララは、息が止まるかと思った。大鯱の控室に向かおうとしたら、沙良星が出てきたのだ。ララには気が付かないまま、反対側へと去っていった。

 沙良星と大鯱が会っていたのだ。それを思うと、鼓動が速くなった。二人は、出会わない方がよかったのではないか、とララは思っていた。はっきりとは理由はわからない。けれども、ずっと「噂のトレードの二人」でいつづけた方が、幸せだった気がするのだ。

 ララはしばらくうつむいていたが、踵を返した。今は控室に入るべきではない、そう思ったのだ。

 そういう空気になっていると、思ったのだ。

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