2
沙良星は、観客席にいた。すでに何人ものファンがその存在に気がついていた。
かつて、自分がいた場所。リングを遠くに眺めている。
自らチケットを買った。今日は、完全な観客なのである。
三年半という月日は、短いようで長かった。いろいろなことが変わっていた。ジュニアだったリボルバー・ジャックがヘビー級でトップ戦線にいた。ずっとベルトに絡んでいた柴橋が、ドーム大会でベルトに挑戦していない。そして、大鯱銀河という、自分の対戦したことのない相手がベルトに挑戦する。
あえて、避けてきたのだ。自分のことをよく思っていない元仲間たちがいることも知っている。懐かしさを感じたらどうしようという不安もあった。
ただ、十両で勝ち越し、なんとかプロとして存在できるようになったことで、少し気持ちも変わった。プロレスが嫌いになったわけではないのだ。だから、観て楽しむ側になったっていいじゃないか。
かつて同じ釜の飯を食べた仲間同士が、ベルトを賭けて戦っている。チャンピオンは横浜メグム。キャリアは長いが、環日本プロレスに所属したのは沙良星と同時期だった。ジュニアの層が厚い中、徐々に存在感を発揮。現在はベルトを三回防衛している。対戦相手は、田本達弘。こちらは生え抜きのベテランで、大方の予想を裏切ってジュニアリーグで優勝した。元チャンピオンであり、いぶし銀と呼ばれるテクニックを持っている。
沙良星は、田本にはとても世話になっていた。営業やリング設営など、基本的なことを率先してやるのが田本先輩であり、後輩たちはそのもとで色々と学んだ。
横浜のラリアートが、田本の喉元に突き刺さった。田本は一回転して倒れる。横浜はリングサイドに出て、右手でロープを持って左腕を上げた。必殺技、スワンダイブ式エルボー「ザ・呼吸」の体勢である。
田本が起き上がると、横浜はロープをまたいで跳んだ。そこに、田本もその場で飛んで、ドロップキックを叩き込む。若手時代から、定評のある綺麗なフォームだった。
田本は横浜の背後ろから腰に手を回し、後方に投げた。綺麗なブリッジ。ジャーマンスープレックスホールド。カウントは2.8。
田本先輩、頑張って。沙良星は思った。そうか、観客席から見るというのは、こういうことか。沙良星は気付いた。
その後も田本は猛攻を仕掛けたが、横浜は耐え抜いた。そして一瞬のスキを突いて田本の首を抱えて丸め込んだ。ベイブリッジ・クラッチ。スリーカウントが入った。
いい試合だった。横浜はいい選手だ。まだまだ田本先輩はやれる。
様々な感情が、沙良星の中を駆け巡っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます