7
千秋楽。土俵入りの時間はいつもより早く、制限時間もいつもより短い。
時間が速く過ぎていく感覚と、時間が留まるような感覚。沙良星の中で、二つの感覚が渦巻いていた。初めての十五日連続の取り組み。プロレスラーのときにも、これだけ連続することはなかった。緊張感が続くうちに、今が何日目なのかがよくわからなくなっていった。気が付くと、最後の一日だったのだ。
成績は七勝七敗。番付は、十両の一番下。負ければ、おそらく幕下に戻ることになる。
相手は、
受けすぎると、一気に持っていかれる。
沙良星は、立ち遅れないことを心掛けていた。
立ち合い、勢いよく当たっていこうとしたが相手はまだ手をついていた。「待った」だ。呼吸が合わなかった。焦りすぎていたのだ。
沙良星は深呼吸をすると、しっかりと両手をついた。二度目の立会い、二人が同時に立った。
甑海の両手が沙良星の胸を突き上げる。半歩下がった沙良星だったが、耐えて押し返した。しばらく押し合いが続いたあと、甑海が引いた。体が泳いだ沙良星だったが、何とか持ちこたえて向き直る。甑海の胸に頭を付けて、下から相手を突き起こす。
甑海の体は、土俵の外へ。
沙良星(8勝7敗) 押し出し 甑海(8勝7敗)
花道を帰る間、沙良星は思い出していた。いつぶりの安心感なのか。初めて試合した日。初めて勝った日。いや違う。
沙良星の脳裏に浮かんでいたのは、柴橋との試合だった。コーチとして、彼を一人前にしてくれた人。夏のリーグ戦で、対戦した時のこと。柴橋の綺麗なジャーマンスープレックスを食らい、なんとかカウント2.9で返したあの時。当時のプロレスラー木宮は、「一人前になった」と思った。理想の受け身が取れたのだ。
プロレスはただ勝ちを目指す競技ではない。相手とともに創り上げていく芸術家のようなものだと、誰かが言っていた。お互いの信頼関係があって初めて、危険な技を出すことができる。そしてそのためには、きちんとした受け身が不可欠だ。
痛みと共にあった、安心感。初めてそれを感じたのは、あの受け身をとれた時だ。
勝ち越したことにより、来場所も十両に残れることが確定した。沙良星が次に目指すのは、幕内である。
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