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 沙良越だけがこの場の状況を全く理解できておらず、突然の緊張感に呆気に取られていた。

 根木原と沙良星は元々上司と部下の関係で、お互いによく知っている仲である。ララとは初対面だったが、プロレスラーであることは、沙良星は認知していた。そして、大鯱とは以前、事務所ですれ違ったことがあった。今から思えば、入団に関する話し合いだったのだろう。話したことは全くなかった。

 トレードだったと言われた二人が、同じ場所にいる。プロレスファン、大相撲ファンがいれば歴史的瞬間だと盛り上がっただろう。

「では私たちは、あちらの席を予約してあるんで」

 美濃風親方はそう言うと、沙良星の背中を叩いた。沙良星は顔を上げ、もう一度軽く会釈をすると店の奥へと消えていった。

「びっくりしたなあ。さすがにでかくなってた」

 根木原は沙良星の姿が見えなくなるまで目で追っていた。

「あれが、木宮……」

「入れ違いだったんですよね」

「うん。柴橋さんがよく、懐かしそうに話してる」

「そうなんですね」

 ララは、高揚する気持ちを押さえつけるようによく喋った。つい四時間ほど前、久々にその姿を見たところだった。そして今しがた、至近距離で初めて対面した。

 憧れの人。ちゃんと実在していた。

 今すぐ奥の部屋に行って、直接話したい。ララはそう思ったが、そんな無礼が許されるはずもない。

 そして、もつ鍋が食べごろになった。



「良かったじゃないか」

 ララは タクシーに乗ってホテルへと戻っていった。根木原はそれを見送りながら、大鯱の頭に右手を乗せた。

「どういうことですか」

「問題がはっきりして」

「だから、どういうことですか」

「ライバルが、きちんと見れたじゃないか」

「そんな、ライバルだなんて」

 大鯱はそう言いながら、はっきりと認識していた。ララの目を見れば、それははっきりしていたのだ。

 朝の公園で出会って以来、大鯱とララは言葉を交わすようになり、連絡先も交換した。しかしその先、どうすればいいのか大鯱は全くわからなかったのだ。そんな様子を見てしびれを切らした根木原が、今日の席をセッティングしたのである。

「自信持てよ。お前はできる男だ」

「はい」

 大鯱は、背筋を伸ばした。

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