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「で、どうするよ」
右手にジョッキを持ち、左の肘をテーブルにつきながら尋ねる女性。髪の毛は青と緑に染められ、眼鏡は赤い。
「どうって、答えは決まってますよ」
大鯱は冴えない表情だった。もつ鍋のふたを開けて、中の様子を確認する。
「まだだろう」
「そうですね」
そこに、黒いトレーナーに身を包んだ若い一人の女性が近づいてきた。
「すみません、迷ってしまって」
「おお、ララ。待ってたぞ。ここに座れ」
「はい、根木原さん」
ララは、根木原の横に腰を掛けた。
福岡の夜。環日本プロレスはシリーズ最終日を福岡で終え、ララは相撲観戦の後すでに招待してくれた人たちと一軒飲みに行っていた。彼女も福岡にいることを知った根木原は、一席設けようと思ったのである。
「大鯱と飲むのは初めてか」
「そうですね」
二人の女性は旧知の仲だった。根木原は現在環日本プロレスの副社長だったが、元々は女子プロレスラーである。様々な人脈があり、それによりララたちの環日本プロレス参戦も実現した。
「今日はこっぴどくやられてなあ」
「ああ、ケビン・ハントと」
「うん。まったく、あんなにやる気がないとは。勝つ気はあったんだろうが」
大鯱は苦笑とも何とも言えない顔で黙っていた。ララはそんな大鯱に視線を向ける。
「強かったですか?」
「あ、ああ。強かった」
「怖そうですもんね、あの選手」
ララは総合格闘技にそれほど興味がないので、実際にハントがかなり強いということをあまり知らなかった。
「まあ、大鯱も見せ場は作ったんだ。で、これはオフレコなんだが、
「FUUJIIN! 一番大きいのじゃないですか」
「そう。格闘技で再戦はどうだ、と。まあ、最初からそれが狙いであんなことをさせたんだろうな」
「はー、すごい」
「でも、大鯱は断るそうだ」
大鯱は目を伏せていた。挑戦されれば受ける、それがプロレスラーというものだ。しかし彼は、「土俵が違うことの苦労」を実感していた。対戦してみてわかったのは、「総合格闘技でケビン・ハントに勝てる要素は何もない」ということだった。
「いいと思います」
「そ、そう?」
大鯱は少しだけ視線を上げた。
「プロレスラーはプロレスのリングで見せればいいんですから。ですよね?」
「まあ、そうだな。ただ、相手も仕掛けてきたからにはいろいろとキャンペーンを打ってくるかもしれない」
「ネガティブな?」
「そう」
「嫌ですねえ」
その時、店の入り口の方から何人かの男の声がした。三人がそちらを見ると、大きな浴衣姿の男が三人、店内に入ってくるところだった。
「そういえば相撲をやっていたな。……ん? 木宮じゃないか」
「あ……ああっ」
ララは甲高い声を出した。
それは、美濃風親方と沙良星、そして沙良越だった。沙良星もララたちの姿を見て、動きを止めた。
「あ、どうもっす」
小さくお辞儀をした後、沙良星はなかなか頭を上げられなかった。
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