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 九州場所を前にして、美濃風部屋は寺にいた。後援者の好意により、宿舎として利用させてもらっているのである。

 二人目の関取、沙良星誕生により美濃風部屋は盛り上がっていた。プロレス出身初の関取、という話題も大きかった。

 注目は他のところにも集まっていた。新弟子が一人入ったのだが、彼の名字が「萬田」だったのである。他の部屋ならば全くどうでもいいことだったが、新弟子検査の時から彼のしこ名がどうなるかが注目されることとなった。

 本人は特に注目されるべき素質があるわけではなかったが、期待通りに与えられた「沙良萬田さらまんだ」というしこ名で話題を提供することとなった。

 関取が二人になったということで、これまでなかった部屋との交流も生まれ始めた。沙良星、沙良越ともに、ここまでは「イロモノ扱い」されているところがあった。アフリカ出身で潜在能力はあるものの、雑な相撲が目立っていた沙良越。プロレスでの実績はあるものの、どうしても受けてしまいなかなか相撲に対応できなかった沙良星。共に話題先行で、それほど活躍できないのではないか、と見る向きもあった。

 だが、沙良越はあっという間に出世し、沙良星も三年かけて十両に上がった。美濃風部屋の二人は、将来有望な二人の力士という意味で「沙羅双士」と呼ばれ始めていた。

 だが、先場所沙良越は負け越した。「期待の若手」としては物足りない成績だったと言える。注目されていた元学生横綱の盾若草も負け越し、幕下に落ちてしまった。新星の登場を心待ちにする相撲ファンは、「沙良星はどうなのか」とことさら注目することになっていたのである。

 沙良星は、注目が集まるほどに元気になっていった。そのあたりは、「すでにプロとして一度経験している」強みでもあった。満員のドームの真ん中で、チャンピオンベルトを防衛したこともあるのだ。

 初日が、近づいてきた。



 月尾ララは、迷っていた。

 今日は熊本の大会で、明後日は福岡である。そんな中福岡の知り合いから、大相撲観戦を誘われたのである。

 以前も何回か行ったことがあるもの、ここ三年は足が遠のいていた。

 ララは、大相撲が憎かった。自分の憧れの人を、奪っていった業界なのだ。

 しかし、その人はついに大相撲でも一人前になった。その姿を見てみたい思いもあった。

「あーっ」

 ララは、ホテルのベッドで枕に顔をうずめて唸っていた。

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