福岡の二人
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福岡ムーンパレス大会。それは環日本プロレスの冬を代表する大会であり、一年の締めくくりでもあった。巡業はそこを目的地として、徐々に西へと移動していく。大会メインはKPWチャンピオンマッチが通例であり、本来ならばそれに向かって前哨戦などが組まれることになる。しかし今年は、様子が違った。
挑戦者のケビン・ハントはシリーズに帯同していない。それどころか、別の総合格闘技の大会に出場予定なのである。
ファンの間では、「総合のついでにプロレスのバイトを入れた」ともっぱらの噂だった。
そんな状況では、チャンピオンの気分がいいわけがない。
「もっと来いよオラ!」
倒れ込んで立てない梨崎に、執拗に声をかける大鯱。頭をつかんで無理やり立たせると、張り手を打ち込んだ。グロッキー状態の梨崎を無理やり起き上がらせ、大鯱は顎に掌底をぶち込んだ。柴橋が、リング下で仁藤を抑え込む。
レフェリーがダウンカウントを数え始めた。梨崎は起き上がれない。異様な空気の中、10個目のカウントが数えられた。
大鯱銀河〇 柴橋健 12分27秒 掌底→KO 仁藤
決着がついても、大鯱は梨崎に攻撃を続けた。仁藤だけでなく、タッグパートナーの柴橋までもが大鯱を抑え込む事態となった。
「おい、ハントはどこだよ!」
リングから降ろされた大鯱は、会場に響き渡る声で叫んだ。
ハントは、名古屋にいた。
今回MMAで対戦するのは、柔道から転身した総合格闘技2試合目の若手、村中憲吾だった。デビュー戦ではキックボクシング出身の日本人選手に勝利していたが、誰もが噛ませ犬だったことはわかっていた。ケビン・ハントは全盛期を過ぎたとはいえ総合格闘技のレジェンド、正直なところ村中に負ける要素は何一つなかった。ハントにとって今回の試合は完全なる「小遣い稼ぎ」の感覚だったのである。
プロモーションのためにテレビ局やイベント会場を回り、いよいよ明日が試合である。だが、今回の来日はそれで任務完了ではない。一週間後には福岡で、プロレスの試合、チャンピオンシップがあるのだ。
そちらの相手は大鯱銀河。元スモウレスラーで関脇まで上がったらしいが、「俺は格闘技の横綱だぜ?」とハントは思っていた。特に対策などはしていない。
「寿司行こうぜ、寿司」
あらゆるごとから解放され、ハントは上機嫌でスタッフと共に夜の街に繰り出していった。
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