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 千秋楽、土俵入りをする沙良越を見送った後も沙良星は険しい表情をしていた。この後、土俵に上がるからである。

 沙良星は現在5勝2敗。そして、対戦相手である盾若草は5勝9敗。幕下の沙良星にとっては八番相撲と呼ばれる取り組みで、勝った場合は勝ち数が増え、負けた場合は黒星として扱われない。そして沙良星の番付的に6勝ならば十両昇進が濃厚であり、盾若草は10敗となると幕下陥落を免れない。つまり、「入れ替え戦」なのである。

 先に、沙良越の取り組みが行われた。見事な上手投げで勝ち。これで7勝8敗。何とか十両に踏みとどまったと言えそうだった。

 勝てば、同じ舞台に立てる。そう考えると、沙良星は体がどんどん硬直していく気がした。

 いつもより観客も多い。幕内はまだ優勝者が決定していなかった。

 ついに、沙良星の番がやってきた。向かいには、盾若草が立っている。沙良星はまっすぐに相手の目を見たが、盾若草は目を合わせなかった。

 仕切りの間に、沙良星の覚悟は決まっていった。

 そして、時間になった。両者ゆっくりと手を下ろす。しばしの静寂、両者動かない。盾若草が先に手をつき、立った。変化ではなかったが、少し右にずれた立ち合いだった。沙良星はその動きをじっと見ていた。待ち構えていたのだ。

 受けに徹する。それが沙良星の出した答えだった。

 左後ろに体を引きながら、相手の右腕を抱え込む。そしてそのまま、思い切り腕を振り回した。盾若草の体は回転して、土俵へと叩きつけられた。



沙良星(6勝2敗) 小手投げ 盾若草(5勝10敗)



 勝った。その事実を、沙良星は何度も確認した。行事の軍配を見つめた。出るはずのない物言いを心配した。大丈夫だ。確かに勝っている。

 もちろん、「絶対」ではない。しかし、これで十両が見えた。関取が見えた。

 沙良星が思い出したのは、初めてプロレスラーとして試合に勝利した時のことだった。ようやくここからスタートだ、と思った。

 そして再び、そう思う時がやってきたのである。


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