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「沙良越関は強いんだから。自信もってください!」

 そう言って沙良星は、沙良越を送り出した。

 沙良越のここまでの成績は、1勝4敗。初日は出たものの、勝ち越すには厳しい序盤戦だった。幕下までと異なり、十両以上は毎日取り組みがある。疲労も溜まるし、悪い流れを断ち切る余裕もなくなる。

 部屋で沙良越は「十両は当たりが違うね……」とつぶやいていた。沙良星にとっては、耳の痛い話である。美濃風部屋には、現在一人しか十両以上がいないのだ。稽古相手である沙良星がもっと強ければ、沙良越ももっと強くなるかもしれないのだ。

 沙良越の今日の相手は盾若草だった。こちらも新入幕で、2勝3敗と負けが先行していた。満を持して上がってきた元学生横綱も、簡単には勝てない。十両以上はやはり世界が違うな、と沙良星は実感していた。

 沙良越と盾若草の一番。まっすぐぶつかった二人は、お互いに右の上手を取った。力は沙良越の方が強いが、技術は盾若草の方に分があった。一進一退の攻防の末、沙良越は強引に上手投げを放った。盾若草はそれを残したが、上手を離してしまった。そのまま沙良越は頭を付けて、押し切った。



沙良越(2勝4敗) 押し出し 盾若草(2勝4敗)



 これで、二人の成績は並んだ。同門としては、沙良越の勝ちは嬉しかった。しかし、気持ちはそんなに簡単ではなかった。本来ならば、自分こそが盾若草のライバルだと思っていたのだ。実際にはあっという間に追い抜いていった弟弟子が、今、土俵にいる。

 


 正式に、沙良奥村の引退が決まった。一人一人に挨拶をして、若者は部屋を去っていった。

 そして、沙良星のスマホにはある連絡が入っていた。それは、柴橋からのものだった。環日本プロレス時代、木宮改那は先輩である柴橋健からよくしてもらっていた。



<灘田が引退するんだ>



 届いていたのは、そんなメッセージだった。

 灘田は沙良星と入れ替わるように入門し、所属時期はかぶっていない。しかし、入門テストのときに面識があった。線は細いものの根性のありそうな顔つきで、「いいと思いますよ」と当時木宮だった沙良星は柴橋に進言していた。

 これまでも、灘田の成長についてしばしば柴橋は沙良星に連絡を入れていた。後輩の成長が、嬉しそうだった。同時期に入門した大鯱のことは、ほとんど触れていなかった。おそらく気を遣ってのことだろう、と沙良星は感じていた。

 返事はなかなか書くことができなかった。灘田に対して特に思い入れがないという理由もある。それが分かったうえで柴橋が知らせてきたのは、意図があるはずだった。

 三年前沙良星が辞めるとき、柴橋は泣いていた。「俺になれるのはお前だったんだよ!」と言われた。

 少しだけ、後ろ髪を引かれた。



<プロレスをやめても人生は続く……と伝えてください>



 沙良星は、自らの打った文字をしばらく見つめていた。

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