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これまでとは、確実に空気が変わっていた。
入場の時から、いくつもの声援が大鯱に飛んでいた。まだまだ相手のリボルバー・ジャックには及ばないものの、それでも「ファンを背負いつつある」のは確かだった。
前シリーズのタッグリーグでは、結局2勝7敗という結果に終わった。それでも、大鯱の戦いぶりを見て観客の気持ちが変わり始めたのである。相撲の経験を生かして、体力任せに勝ちに行くのがかつての彼の姿だった。しかしタッグリーグでは柴橋との合体技を出したり、新しい動きを見せたりと、プロレスラーとして成長しようとする姿勢があった。「塩なりに頑張っている」というのが、一般的なファンの感想になってきたのである。
リボルバー・ジャックはジュニアのチャンピオンからヘビー級へと転向したが、体重が増えても華麗な空中殺法は健在だった。ハイキックやスピンキックで相手の勢いを止め、ロープからの飛び技で痛めつける。すでに大鯱は相手の得意技、スワンダイブ式ネックブリーカーの「リボダンス」を食らっていたが、なんとかスリーカウントは免れていた。
「finish!!」
そう叫ぶと、ジャックは大鯱の巨体を担ぎ上げた。ヘビー転向後の必殺技、「リボルバーエンド」へのムーブである。デスバレーボムからその場飛びシューティングスタープレスで抑え込むという、力と技を体現した技で、食らうとほぼ負けというものだった。
大鯱は大きく体を揺らして、何とか技から脱出する。そしてジャックのキックを右腕で受け止めて、左の掌底を顎にぶち込んだ。ジャックの体が崩れ落ちる。
大鯱はコーナーに上がり、セキワケ・スプラッシュを狙った。しかし立ち上がったジャックが下からドロップキックを突き刺した。大鯱はコーナーから落下する。
ジャックは対角線上のコーナーに走り、右膝のパッドを外した。得意技の一つである後頭部への膝蹴り、「ヒドゥン・クロウズ」を狙っている。
勢いよく大鯱へと掛けていくジャック。膝が後頭部をとらえようとしたその時、大鯱の上半身が消え、膝蹴りは空を切った。大鯱の体は、マットにべったりとくっついていた。「股割り」の姿勢である。
立ち上がった大鯱は、戸惑うジャックを背後から捕まえると、両手をきっちりと握って抱えた。そしてそのまま、ひねって投げ飛ばした。後方からの合掌捻り、いわば「裏サンライズ・スクリュー」と呼ぶべき技だった。
大鯱はうつぶせに倒れたジャックの上に腰を下ろす。右腕で両足を抱え上げ、左腕でジャックの首と右腕を締め上げる。最近定着してきた必殺技、「雲竜」である。
必死にロープに左腕を伸ばすジャック。しかし大鯱はジャックの体をリング中央まで引きずっていった。そして、自らの右足でジャックの左腕を挟み込んだ。完全に動きを封じられ、ジャックはついに叫んだ。
「Give up!!」
大鯱銀河〇 37分02秒 雲竜・改 リボルバー・ジャック
どよめきと歓声がわき起こった。今回こそ大鯱がベルトを獲られるだろうという予想が大半だった。そして、大鯱はジャックとは噛み合わないのではないか、と思われていた。そんな人々の予想を裏切り、試合は盛り上がった。
マイクを持った大鯱は、リングの下へと視線を向けた。
「灘田、上がって来い」
呼びかけられたのは、場内整備を担当していたTシャツ姿の灘田だった。意外な展開に、静かなどよめきが続く。
灘田は一礼をして、リングに上がってきた。
「灘田、俺とお前はほぼ同じ時期にここに入ってきて、一緒に寮に入って、一緒にトレーニングしたよな。けどよ、一度も対戦したことないよな。引退は、チャンピオンとの試合ってどうだ? 返事をくれ」
大鯱はマイクを投げた。灘田はゆっくりとしゃがんで、それを拾う。
「大鯱さん、ありがとうございます。俺にとってあなたは同期ですが、憧れの人でもあります。だから、お受けする以外の選択肢はありません。チャンピオンを倒して、レスラー人生を全うします!」
灘田は、深々と頭を下げた。
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