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 相手の突っ張りが、続けて沙良星の胸に突き刺さる。

 入門以来、負け越し知らずのまま番付を上げてきた愛近江あいおうみ。素早い突っ張りで、多くの対戦相手を押し出してきた。沙良星もまた、少しずつ後退していた。だが、焦りはなかった。

 先場所、合掌捻りを出した時から沙良星の中で意識が変わった。確かに、受け身にはならない方がいい。ただ、受け身からも勝てるならば、それはそれでいいのではないか。

 幸いにも、愛近江の突っ張りよりも激しいチョップや張り手は何度も受けてきた。俵に足がかかってからは、余裕を持って猛攻を受け止めた。そして、相手が疲れ始めたところで腕を手繰り、体勢の崩れた相手のまわしをつかむ。こうなると相手はどうしようもない。



沙良星(2勝0敗)〇 寄り切り ×愛近江(1勝1敗)



 調子がいい。稽古も十分にしてきた。本来ならば、笑顔にしかならない状況だった。だが、沙良星の表情は険しかった。

 初日にいなくなった沙良奥村は、都内のネットカフェで発見された。実家に帰ろうとしたもの、親に「帰ってくるな」と言われたらしい。とりあえず部屋に戻ってきて、怪我をして休場、という扱いになった。

 沙良星の目から見ても、沙良奥村が相撲を続けるのは難しそうだった。何度も胸を合わせてきたが、将来性が感じられることもなかった。そして本人がもう、相撲から気持ちが離れている。

 ただ、彼には帰る場所がないのだ。元々、柔道部でずっと補欠だったが、体格には恵まれてり、美濃風親方がスカウトした。親方の見立てが当たったのか、入門からしばらくは順調に出世していった。ただ、序二段で壁に当たる。四連敗した後食事が喉を通らなくなり、結局七連敗。再び序二段に戻ってきたものの、負けると食事が採れなくなる状態になっていた。

 沙良越の快進撃も彼を焦らせる要因になっていた。あとから入ってきた沙良星は、幕下上位で足踏み。少しほっとした。しかしさらにその後から、沙良越が駆け抜けていった。桁違いの才能を目の前にして、沙良奥村は挫折感を抱かずにはいられなかったのである。

「俺はお前の決断を尊重する。ただ、続けてほしいとは思っている」

 美濃風親方は、沙良奥村にそう言った。相談すれば、最初からきちんと聞いてくれる人なのだ。しかし逃げ出さねばならないほどに、沙良奥村は追い込まれていた。

 このように美濃風部屋は今、緊張感に包まれている。二連勝したぐらいでは、笑顔にはなれなかったのである。

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