秋に僕らは
1
秋場所初日、沙良星は取り組みがないにもかかわらず会場に来ていた。十両に上がった沙良越の付け人をするためである。
十両からは、土俵入りがある。化粧まわしをした沙良越は、力士たちの列に入って土俵へと向かっていった。
現美濃風親方になって初めての関取。そして、アフリカ大陸出身二人目の関取。沙良越は注目を集める存在だった。
大相撲において、給料が貰えるのは十両以上だ。いわば、そこから先がプロと言える。沙良星はまだ、プロになれていない。
ここで食らいつかなければ、離されたまま終わってしまうかもしれない。沙良星は、大きな危機感を抱きながら沙良越が戻ってくるのを待っていた。
「え、沙良奥村がいなくなった?」
部屋に戻ってくると、皆が慌ただしくしていた。十九歳の序二段、沙良奥村則只が失踪したというのである。
「買い物に行ったまま帰ってこなくて」
「事件とかの可能性は?」
「それが、貴重品とかは全部持ち出していたみたいで」
「ああ……」
相撲部屋では、突然誰かが失踪するというのは珍しいことではない。故郷を離れて初めて一人暮らしをするものがほとんどだし、稽古もきつい。遊びに行くということもなかなかできない。集団生活に馴染めない者もいる。
沙良星はプロレス時代にも経験していたこともあり、特に修行が厳しいとは感じていなかった。しかし、多くの若者にとっては厳しいであろうことも理解していた。
「なんか、行先に心当りとかないですか」
「沙良奥村の家は……徳島?」
「ですね。里心出たんすかね?」
「うーん」
沙良星は沙良奥村が実家に逃げ帰る人間には思えなかった。
「とりあえず、親方がそっちは連絡してるみたいです」
「うん。僕らは行きそうなところを当たってみよう」
こうして、初日から美濃風部屋は落ち着かない出だしとなった。ちなみに、沙良越は黒星だった。
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