5
名古屋場所初日。沙良星はいつになく緊張していた。
相手は元幕内
若くしてプロレスラーとして成功し、注目されて角界入りした沙良星にとって、「自分よりも人気のある相手」と戦うことは稀だった。
真正面に立った開心力は、確かに他の幕下力士とは雰囲気が違った。殺気というものではなく、全てを見透かし、受け止めるような空気。力が衰えて落ちてきたにもかかわらず、強者の雰囲気は纏ったままなのである。
両手をついた沙良星は、じっと相手の目を見た。相手も、沙良星の目の奥を見つめてきた。
二人が、同時に立つ。素早く潜り込み、前まわしを引こうとする開心力。沙良星は肩越しに右の上手を引き、左手は相手の首に回すのがやっとだった。完全に中に入られ、両前まわしを引かれた。苦しい体勢になった。
だが、どこかで沙良星は懐かしさも感じていた。昔、こんな感じで練習をしたことがある気がする。相撲に転身する前だ。
「俺の技やってみたいって? 生意気だなあ」
そう言いながら、柴橋先輩は手本を見せてくれた。両手を相手の背中に回して、組む。そのまま左側に大きく体を振って、ひねり倒す。
サンライズ・スクリュー。柴橋健の得意技だった。
「できてましたか?」
「まあまあだな」
そう言って、柴橋は笑った。
実際の試合で出すことはなかったが、練習では何度も試していた。沙良星はそれを思い出し、上手を離すと、開心力の背中に手を回し、思い切り体をひねった。
軽量の開心力は、くるりと回って土俵に落ちた。「受け身うまいじゃん」と沙良星は思った。
沙良星(1勝0敗) 合掌捻り 開心力(0勝1敗)
館内が異様なざわつきに包まれた。珍しい決まり手であるという点と、それを沙良星が繰り出したという点。一部の「相撲とプロレスの両マニア」は、「サンライズ・スクリューだ!」と大変興奮していた。
沙良星も、不思議な高揚感に包まれていた。プロレス時代の練習を、生かすことができた。一度身に付けた動きは、忘れることはない。
誰からも見えない場所までたどり着いた時、沙良星は小さくガッツポーズをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます