そして夏が来て
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ついに来てしまった、と思った。
春場所負け越した沙良星は、番付を落とした。そして弟弟子の
美濃風部屋にはしばらく、沙良星しか幕下の力士がいなかった。ずっと彼が部屋頭だったのである。しかしそんな部屋に、沙良越が入門してきた。日本人とのハーフだが国籍はナイジェリアで、部屋に一人しかいられない外国出身力士である。
沙良越ことメトゥ松弥は、国際的なアマ大会でも活躍しており実力的には申し分かなかった。しかしなかなか彼の所属する部屋は決まらなかった。一人目のアフリカ大陸出身力士が、不祥事を起こして角界を去っていたからである。その人とは出身国も経歴も全く異なったものの、どうしても慎重になる親方が多かった。そんな中メトゥを救ったのが美濃風親方だった。
「強そうじゃん」
そう言って親方は、メトゥを受け入れ、沙良越というしこ名を与えたのである。
沙良越は順調に勝ち星を重ね。あっという間に幕下に上がってきた。そしてついに沙良星を上回り、十両を狙える幕下一桁台までやってきたのである。
沙良星も感じてはいた。稽古で、沙良星に勝つのが難しくなっていた。そのうち抜かれる。もうすぐ抜かれる。
そして、抜かれた。
アマチュアでの経験豊富な沙良越は、エリートと言える。日本人にはない、強靭で柔らかい筋肉もある。しかしそれでも沙良星は、決して単純に負けを認めるわけにはいかなかった。
「ちょっと来ちゃったよ」
複雑な思いを抱えながら稽古している沙良星だったが、突然土俵に入ってきた姿を見て目を丸くした。それは、横綱景ノ海だった。部屋は近いものの、関取のいない美濃風部屋に出げいこに来るというのは誰も想定していなかった。
「おう、横綱。ついに来てくれたか」
ただ、美濃風親方は平然としていた。以前から話を付けていたのである。
「面白いのが二人いると聞いているんでね」
横綱は沙良星、そして沙良越を見た。
「面白いぜ」
「じゃあ、しごきますね」
横綱の目が光っていた。二人の幕下力士は、同時に固唾を飲んだ。
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