2

 まだ観客もまばらな国技館。沙良星さらぼしに対して、いくつかの声援が飛んでいた。

 西幕下三枚目、美濃風部屋の沙良星はまだ関取経験はないものの、相撲ファン注目の力士だった。均整の取れた肉体と、端正な顔つき。人気の出る要素はそろっているが、ただそれだけの男ではなかった。

 今日の相手は華厳山かげんざん。元十両のベテランである。体重170キロで、沙良星より二回りは大きい。

 時間が来た。立ち合い、華厳山が一息早く踏み込む。沙良星はそれを受け止める形になった。右の下手がねじ込まれ、沙良星はそれを左腕で抱えた。巨体の華厳山に低い体勢で頭を付けられ、どんどん苦しい体勢になっていく。

 体勢が悪いにもかかわらず、沙良星はこのような展開になってもあわてなかった。それどころか、懐かしさすら感じていたのである。

 華厳山が押して、沙良星が土俵際まで追い詰められる。ただ、沙良星はそこから粘り強かった。怪力で、何とか持ちこたえる。そしてついに、右上手を取った。だが、その瞬間頭を付けた華厳山が一気に押し出した。



華厳山(1勝0敗) 押し出し 沙良星(0勝1敗)



 観客席でため息が交錯した。沙良星も肩を落とした。

「またやっちまった」

 幕下力士である沙良星が注目されるのには、理由がある。彼は、元プロレスラーなのである。環日本プロレスの元チャンピオンだったが、突然相撲への転向を発表し退団。美濃風部屋に入った。力士からプロレスラーというのはいくつもの前例があったが、プロレスラーから大相撲というのは初めてのケースだった。ちょうど元関脇大鯱がプロレスラー転向を発表したのと合わせ、大きな話題となった。

 沙良星は順調に出世し、あっという間に幕下上位まで到達した。多くの人々が、そのまま関取になるものだと思った。しかし、そこで沙良星は壁にぶち当たる。幕下上位で停滞し、約一年半、ずっと同じような位置にいる。今場所も幕下三枚目と幕内を狙える位置で期待されていたが、黒星の発進となった。

「受けてしまった……」

 支度部屋へと帰る道すがら、沙良星はため息とともにつぶやいた。

 敗因はわかっている。どうしても相手に先に攻められてしまうのだ。

 プロレス時代の癖、という言い訳はしたくなかった。しかし、誰もがそれが原因だと思っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る