あの夏、僕らはトレードだった

清水らくは

春の僕ら

1

 双楽園ホールの照明が、会場中央のリングを明るく輝かせていた。春のシリーズ最終日、メインイベントに立つのは現チャンピオンの大鯱おおしゃち銀河と、挑戦者の長西博義。長西の重たいキックが、大鯱の胸板へと何度も撃ち込まれる。いかにも痛そうな、重たい音が響き渡る。

「長西ー!」

「いけーっ」

 長西へと幾つもの声援が飛ぶ。ついに大鯱は膝をついた。そこへ渾身のキック。だが大鯱はそれを受け止め、長西を押し倒した。

「うおーっ」

 大鯱は吠えると長西の体を引っ張り上げ、のど輪に捕まえてマットに叩きつけた。得意技、のど輪落としである。

 長西が動けなくなるのを見ると大鯱はコーナーに向かい、のそのそとポストを登り始めた。そしてポストの上に立つと両腕を広げて「セキワケー!」と叫んだ。130キロを誇る巨体が、長西へと飛んでくる。大鯱のフィニッシュ技、セキワケ・スプラッシュである。

 そのまま大鯱は長西を抑え込んだ。レフェリーのカウントが3つ入る。



17分25秒 大鯱銀河〇 セキワケ・スプラッシュ→体固め ×長西博義 (大鯱が第17代KPWチャンピオンベルトを初防衛)



 会場はざわついていた。大鯱への声援は飛ばない。メインイベントのチャンピオンシップが終わったにもかかわらず、誰もが微妙な顔をしていた。



「おい、長西。ミスターKPWのお前からベルトを守ったぞ。若造に負けて悔しいだろうな!」

 大鯱のマイクに対して、何人かがブーイングをした。

「俺が一番強いのが分かっただろ。次は誰だ? もう挑戦してくる奴はいないのか?」

 突然、音楽が鳴り始める。それが何の曲かわかると、観客から歓声が上がった。

 花道の奥から、長身のレスラーが歩いてくる。まだ若いが貫禄十分で、白いガウンをなびかせながら堂々とリングに向かっている。

 そのレスラー、マスダ・タカヒサはリングに上がるとマイクを手にした。

「ずいぶんと大きなことを言いますね。僕が怪我で返上したベルトを預かっているだけで、そんなに嬉しいですか? 一回防衛できて、思い出ができたでしょう。そろそろそれ、返してもらえませんかね?」

 マイクが投げられた。大鯱はそれを拾うと、舌なめずりした後、不気味に笑った。

「怪我なんてなあ、皆抱えながらやってんだよ。てめえが休みたいから休んだんじゃねえのか。いいよ、受けてやるよ。もう一度休場させてやっからな」

 大鯱はマイクをリングにたたきつけた。

 リングを後にするマスダに、声援と拍手が降り注ぎ続けた。

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