15 幕間は まぐわうような 具合じゃない
休日。僕はいつものようにオンラインでゲームをしていた。
が、少し疲れていた。
さっきまで組んでいたパーティーの人が、エンジョイ勢を募集しているわりに他のメンバーに強く当たるタイプだったのだ。そういうの、精神を削られる。
ま、そういうときは早々に抜けるに限る。別に知り合いでもないし、何を思われても構わない。
ヘッドセットを外して百均で買ったバナナスタンドに引っかけた。
スマホを手に取って画面を表示させると、リャインの通知が来ている。
企業勢か?
と思ったら、霜上川さんだ。顔を知っている人から言葉が投げかけられたという事実に僕はなんとなくほっとして、ノーモーションで通知をタップした。
『ハーフムーンやろうよ。忙しかったらとりあえずフレンドよろしく』
というメッセージのあとに、霜上川さんのフレンドコードを示す英数字が続いている。
お、おお。
確かにこの前、マルチをやろうというような話をした記憶があるけど、こんなにすぐに連絡が来るとは……。
さすが霜上川さん、行動力の鬼だぜ(?)。
僕は画面の右上に表示された現在時刻とメッセージの送信時間を見比べる。10分前か。
さすがにずっと僕とのトーク画面を開きっぱなしという事はないだろう。既読が付いたことには気づいていないはずだ。
さて……どうする!?
どうするもこうするも返事をするしかないのだけれど、僕の性格上、なかなかすぐには手が動かない。
別に面倒なわけじゃない……のだと信じたい。このツルツルの画面に表示された送信ボタンの先に生身の人間がいるという事実が、ただただ恐ろしい。
ここはいったん寝かせて気持ちを落ち着けるか? そういえばなんかジュースを飲んだりネットでニュースを確認したりしたい気がしないでもないし……。
……………………。
いやいや、このタイミングを逃したら絶対にいつ返信していいか分からなくなる! いま返信するんだ! ままよ!
『夕飯までいつでも可能。とりあえずフレンド登録する』
で、送信ボタンを押した瞬間、既読が付いた。
???
『おっけー! 準備ばんたん!』
返信、早くない!? なんかトンネル効果(よく知らない)とか超ひも理論(よく知らない)とかが発動して、僕が送るより先にメッセージが表示されてるのか!?
まあいいや。
ゲームパッドを手に取り、霜上川さんのフレンドコードを入力すると、すぐに「レクト」というユーザー名が表示されたので登録する。こういうの、結構バグとかなんやかんやで上手くいかないことも多いのですんなりいくと気持ちいい。
でも、こっからどうすればいいんだ?
ハーフムーンはオンライン上の100人が撃ち合いとかして最後に残るまで戦うという非常に治安の悪い恐ろしいゲームなのだが、対戦形式にいくつかの種類がある。
主にチームの人数が違って、ソロなら個人のプレイヤーが最後のひとりになれば勝ち。多いのは5人のチームで協力して競い、チームの中の誰かひとりでも残れば勝ちというルールだ。
デュオと呼ばれる、ふたり一組でタッグを組んで戦うモードもあるけど、霜上川さんはどれがいいんだろう……。リャインで訊いてみるか……。
と僕が迷っている間に、ディスプレイ代わりにしているテレビ画面の表示が変化した。
見ると、霜上川さんがデュオに誘ってくれていた。迷いがねえなあ。
ヘッドセットを装着し直し、OKを押してゲームの開始を待つ。
『やっほー! 五月雨くん』
まあまあの音量でいきなり霜上川さんの声が聞こえ、鼓膜が吹っ飛びそうになる。ボリュームを下げ……ようかと思ったが霜上川さんの声が耳に直接入ってくる感覚が思いのほか心地よく、そのままにしておくことにする。我ながらキモい、と思いつつ、僕は慌てて自分のマイクをオンにした。
『ボイチャありなんだ』
『嫌だった!? 切ってもいいけど』
『いや、このままで大丈夫。なんか意外というか、女の人ってあんますぐにボイチャオンにしないから』
『あー、なんか純粋にゲームできなくなることがあるからね。頻繁に出会い厨が湧いてくるから』
『現代社会の闇だ……』
出会い厨ほんと怖い……。5人とかでやってても平気でナンパするからな……。
『あたしも滅多にオンにしないから安心して! というか普段はほとんどソロだから』
『別に不安になってませんけど』
『そっか~』
なんで残念そうなんだよ!
相変わらずよく分からないが、まあそれがいつも通りの霜上川さんなのだと思うと、少し安心する。
『おっ! 始まったね! 五月雨くん、ピン刺してよ』
『えっ、霜上川さん刺してよ』
ゲームは航行する飛行機からスカイダイビングして、好きな場所に降り立つところから始まる。ピンというのは、仲間に落下地点を教えるための目印のことだ。
『いいえ、五月雨くんのプレイスタイル、とくと "見" させていただきますわ~!』
『なんでいきなりお嬢様口調に!?』
『フユちゃんの真似だよ~ん』
『なるほど』
それにしても霜上川さん、普段より若干テンションが高いな。インターネット上だと元気になるタイプの人か?
とか言ってる間に、スカイダイビングは中盤に入ろうとしていた。さっさと決めないとマズい。
僕は適当に目についた街にピンを落とした。マップ上に光の柱が現れる。
『うわっ、そこって激戦地じゃない? もしかして五月雨くん、めちゃめちゃハードなプレイスタイルの人!? ハードなプレイスタイルの!』
『どうして2回言ったの!?』
『分かってるくせに~』
なんかウゼぇ……。
『あれっ、無言になった!? 五月雨くん、ゲームだと人格変わるタイプの人じゃないよね!? 急にキレてきたり』
『それは大丈夫と思う。けっこう反面教師をいろいろ見てきたから』
『だよね~。ボイチャ付けてる人っていろんな人がいるもんね。急に下ネタ言ってきたり』
どの口が言ってんだ。
『それは霜上川さん的には
『はい~? ぜんぜんそんなことないよ! 知らない人に下ネタ言われても不快なだけだし』
『それはそうか。ごめん』
『……許す』
『山白さんの真似?』
『あはは。正解!』
そんな会話の最中にも細かく自分の位置を調整して、僕たちは無事に激戦地の街にたどり着いた。
『じゃあとりあえず武器とか探すね』
『うん』
僕は霜上川さんの位置を把握しつつ、適当な建物に入って略奪行為をおこなう。いつも思うのだが、このゲーム内世界って一般人とかいないのか?
あー、渋い。レアリティの高い武器が手に入らねえ。
とりあえずノーマルのサブマシンガンを手にしたところで、ヘッドセットの奥から足音が聞こえた。敵だ。
まあ、序盤に出会うプレイヤーなんて目でもない。
という見通しは甘かったようで、わりと正確なエイムで狙撃され、ダメージを負ってしまう。
『やべ、けっこう強いかも』
『助けに行こっか?』
『いや、大丈夫だと思う』
僕は屋敷の階段を上り、適当な小部屋に入った。入口からやってくる敵を狙い撃ちする作戦だ。
『霜上川さんは調子よさそうだね』
『そりゃあもうエッチピーモリモリですよ!』
『もしかしてわざわざエイチをエッチと発音してない!?』
『どうだろうね~』
『あっ、来た!』
とぼけた霜上川さんの声が聞こえたタイミングで、部屋の扉が開いた。すかさず銃撃するが、相手は何かを投げ入れてくる。
『やべ、グレ(ネード)だ!』
これが爆発したらひとたまりもない!
急いで部屋の隅に移動するが、相手はその動きを読んでいたらしい。爆音とともに正確なエイムで射撃され、一気に僕のHPはゼロになる。
『うわ~、ごめん! やられちゃったわ。この人めちゃ強い』
『謝ることなんてないよ。あたしたちはデュオなんだからさ』
なんかかっこいいこと言ってるが、こっからの逆転は無理だろう。
敵は僕に止めを刺し、僕の操っていたキャラクターを1枚のカードに変えてしまう。
ルールがちょっとややこしいのだが、チーム戦の場合、チームメイトがこのカードを特定の場所まで持っていって処理することで、仲間を復活させることができるのだ。
『そこね。了解りょうかい。カード取りに行くよ』
『ありがと。めちゃ強いから気をつけてね』
気をつけても無駄だろうなと思いつつ、僕は言う。
たぶん敵はリカバリに来る味方を待ち伏せしているだろうし、敵のデュオも近くにいるだろう。あれだけ手慣れた敵を相手に、ひとりでカードを確保して逃げるのは不可能に近い。まあ、これは負け試合だな。
そう思いつつ、ディスプレイを見る。画面には現在、霜上川さんのプレイ映像が表示されている。
……ん?
…………んん?
『霜上川さん、なんかめちゃめちゃ上手くね?』
『ありがと。まあ1日1
『ガチ勢じゃん……』
eスポーツ大会でそこそこ良いとこいくんじゃね、それ。
霜上川さん(すでに僕が見ている間だけで3人の雑魚を倒している)は僕のいた建物に入ると、あらぬ方向に向けてサブマシンガンを乱射する。これ、敵に自分の位置を知らせてるんだな……。
案の定、先ほどとは別のプレイヤーが霜上川さんの前に現れた。たぶんさっきの人の相棒だろう。
アサルトライフルで霜上川さんを狙撃してくる相手に対して霜上川さんは余裕の様子を見せ、武器をピストルに変えた。で、銃声が3発。
それだけで、相手のHPはゼロになる。
『鬼のようなエイムだ……』
『今のは相手が弱かっただけ。もうひとりいるね、この建物』
霜上川さんは言って、ためらいなく階段を上る。
『はいはい、どうせグレでしょ、っと』
相手の作戦は先ほどと同じだったらしい。霜上川さんは飛んできたグレネード弾を華麗に避け、いつのまにか相手を超えてそのうしろにいた。
『マジか……。なんでそこにいるって分かったわけ?』
『この建物はたまたま間取りを覚えてたから。狙ってくるならここからかなと思って』
『……』
つい絶句してしまう。
感動、というより、自分が霜上川さんのことを何も知らなかったというショックの方が、正直いって大きかった。
こんなにゲームが上手いの、どうして教えてくれなかったんだ、とか、どうしてこんなにゲームが上手い可能性を僕は考えてもみなかったんだ、とか。
そんな思いが整理のつかない形で自分の心の中に渦巻いているのだけが分かった。
――バン!
『やったっ!』
霜上川さんのサブマシンガンが炸裂し、敵が行動不能になる。
『ちょっと待っててね~。いま助けるから』
やすやすとカードを手にすると、霜上川さんは建物を出る。
たぶん彼女は、僕を生き返らせてくれるだろう。それは分かる。でもそれは、本当に彼女が望むことなのだろうか?
『いや~、やったね。うまくいって良かった!』
鼻歌でもうたいだしそうな霜上川さんに、僕は言う。
『嬉しそうだね』
『そりゃあそうだよ! 五月雨くんを助けられるんだもん』
『あんだけ強かったら、ひとりでも殲滅できそうだけどね』
『意味ないじゃん、そんなの――』
そのとき、僕には霜上川さんの姿が見えた気がした。
これはたぶん、あのときの記憶。澄み切った春の陽気の下で、彼女が僕を振りかえって見たときの記憶。
『あたしは五月雨くんを見捨てないよ』
その声がいま、ヘッドセット越しに実際に聞こえてきたものだと確信するまでに、少しだけ時間が必要だった。
『まあ、そうしないとゲームとして面白くないからね』
『うーん、そういうことなのかな? 確かに、そういうことではあるんだけど……』
霜上川さんはなぜか困ったように言った。いったい他にどういうことがあるんだ?
『たとえばさ、確かにいま、あたしと五月雨くんはふたりでゲームしてて、ゲームしてるからあたしは助けた』
『それはそう』
『でもさ、ゲームすることになったのは、もしかしたら偶然かもしれないけど、でもやっぱり意味があることだと思うんだよね。うーん、上手くいえないなあ』
『まあ、そういうことだよね』
『絶対に適当じゃん! あれだけ語彙力あるんだから、ちゃんと汲み取ってよ~』
『まあ、デュオってことかな』
『うんうん、そういうこと』
僕がガチで適当に言った言葉に霜上川さんは同意してくれて、なんだか心が痛くなる。
――実際のところ、僕は霜上川さんが言っていたことを理解できているのだと思う。
その上で僕は、理解できないふりをしたのだと思う。
だって人間同士のつながりっていうのは、どれほど言葉を紡いだって、たぶん儚いものだから。
自分にとって相手がどんな存在であれ、誰もがいつのまにか何も言わずに消えてしまう。たぶん人生っていうのは、そういうことの繰り返しでしかないから。
『ポーションあげる』
いつのまにか復活していた僕に向かって、霜上川さんはHP補強用のポーションを投げてくれていた。
『ありがと』
『ポーションって言葉、なんか淫らだよね』
『そうでもなくない?』
『そっか~』
うわの空で発した僕の言葉に、霜上川さんはどうしてかいつもより残念そうな声色でそう応えた。
ごめん、と言いかけたけれど、何に対して謝ればいいのか分からなくて、僕はその言葉を飲み込んだ。
『さ、いくよ、五月雨くん』
それから僕たちは平和にゲームを続けて、なんと
僕と霜上川さんは互いにはしゃいで、『わー!』とか『しゃー!』みたいな言葉にならない歓声を上げた。確かに、とても、楽しかった。
でもそれと同時に僕は根拠のない焦燥に駆られ、一抹の不安を覚えながら目を瞑り、ヘッドセットの向こうにいる霜上川さんの表情を思い浮かべようとした。
結果はたぶん、あらかじめ分かっていた。すでに僕の脳裏に広がるのは、一面の過去だけだった。
つづく。
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