14 恩に着る オフには着ない それならば

「コインランドリーって『淫乱』って言葉が入ってるのにあんまり淫乱じゃないよね」


「淫乱じゃないからな」


「それはそうとなんだか最近、尾行けられてる気がするんだよね」


 いつも通り一緒に下校していると、霜上川さんが急に深刻なことを言ってきた。


「え、大丈夫なの、それ」


 普通に変質者では?


「知ってる子だから問題ないんだけど、何か言いたいことがあるのかなと思って」


「女子? ていうかもしかして冬籠さん?」


 冬籠さんは(仲良しになったっぽいとはいえ)妙に霜上川さんをライバル視している節がある。尾行していても驚きはしない(というか実際に尾行していた前科がある)。


「フユちゃんじゃないけど、女の子。去年は同じクラスだった子なんだけどね」


「なるほど。とりあえず声くらいかけてほしいもんだね、何かあるんだったら」


「そうなんだよね~!」


「あの、ごめんなさい、声、かけた、フヒヒ……」


「うわあぁぁぁ!!!」


 びっくりしたあ!!!


「山白さん、やっほー。やっと出てきてくれたね」


 気がつけば、知らない人物が隣を歩いていた。同じ中学の制服を着た女子だ。


 長い前髪で片目が隠れ、陰鬱な雰囲気を醸し出しているが、華奢な手足とその髪型は妙に調和している。


「いいい、いままで一体どこに!?」


「普通にうしろ、歩いてた」


 そうだったのか、ぜんぜん気づかなかった……。


「ごめんね、山白さん。試すような真似しちゃって。いつもこっちから声を掛けようとしたら逃げていっちゃうからさ」


 野良猫みたいだな、と思う。妙に可愛らしいたとえになってしまうのがなんとなく癪なので、本人の前では言わないけども。


「心の準備ができてないから」


 山白さんの言葉はよく言えば簡潔、悪く言えば説明不足だけど、これに関しては言いたいことは非常によく分かる。普段は話さない人と急に話すことになるとビビる。たとえそれがずっと話したいと思っていた相手であっても。


 というか、ずっと話したいと思っていた相手であるからこそ、余計にビビるのかもしれない。


「でも、今日は出てきてくれたんだ。ありがとう」


「ちょ、ちょっと言いたいことがあって……」


「言いたいこと?」


 山白さんは激しめに3度ほど頷くと、僕に向き直った。


 え? 言いたいことあるのって僕に対してなわけ?


「霜上川さんが男の子と仲良くしてるのは解釈違いだから。身を引いて」


「えぇ……」


 急にそんなこと言われましても……。


 確かに霜上川さんがどうして僕と仲良くしてくれているのか分からないという問題は、実は僕の中にも確かにあるのだけれど。


「それはひどいよ~。生身の人間に解釈も何もないし、あたしが誰と仲良くしててもあたしの勝手でしょ?」


 霜上川さんは笑い飛ばすわけではなく真剣に、かといって糾弾するようなニュアンスもつけ加えず、一息にそう言った。


 やっぱこの人、強いよなあ。尊敬する。リスペクトってやつね。


 が、その配慮を突破して山白さんには突き刺さってしまったようで……。


「うっ……うぐっ……。霜上川さんにお気持ち表明されたあ……。もうボクは終わりだあ……。一生潜ってる……」


 山白さん、ボクっ子なんだ。親近感がある。


「いやいや、別に怒ってるわけじゃないからね!」


「怒ってるやつだあ……」


 涙目で山白さんは言う。山白さん、めちゃめちゃめんどくさい人だけど、正直気持ちは分かるんだよなあ。


「ほんとに怒ってないよ! これから仲良くしたいから、ちゃんと思ったことを言っただけ」


 その言葉を聞いて、山白さんは前髪の隙間から出た瞳をそっと霜上川さんに向けた。


「仲良くしたいって、ほんと?」


「もちろん! 山白さん、ずっとあたしのこと気にかけてくれてたでしょ?」


「気づいてたんだ……」


「そりゃ気づくよ~。去年のクラスでもずっとあたしの方を見てたし、何度も声を掛けようとしてくれてたの知ってるよ? あたしが近づくといつも逃げてったけど。だから、今日はちゃんとお話ができて嬉しいな!」


 やっぱりストーカーでは? という疑念が僕の心に生まれるが、まあ霜上川さんが嬉しいと言っているのなら僕からそれ以上言うべきことはないか。


 で、当の山白さんはというと……。


「ヲタクが死ぬ間際に見る夢じゃん……」


 限界化していた。


「大丈夫!? なんか今にも倒れそうになってるけど!」


「問題ない。けど、どうしよう。ボク、同担拒否なんだけど……」


 僕の方をちらっと見ながら山白さんが言う。


「別に僕は霜上川さんを推してるわけじゃないから……」


「えっ!? 違ったの、五月雨くん!?」


 めんどくせえなあ、コイツら……。


「そりゃあもちろん霜上川さんが何らかのものに立候補してたら推すかもしれないけど、別にアイドル的に推してるわけじゃないというか」


「なるほど、なんとなく理解した。あたし、推しって言葉がなんとなくしか分かってないからさあ」


「推しは、それしか勝たんもの」


 推しの概念がよく分かってない人にその説明をしても絶対に伝わらないと思うぞ。


「同担がこの世界に存在するのは仕方ないから、許す、けど、部活がない日はボクも一緒に帰りたい」


 なんか、『同担がこの世界に存在する――』あたりまで聞こえたときは存在を消されるのかと思って怖かったが、許されたみたいで良かった。


「そうしよっか! 山白さんってなんの部活やってるんだっけ? 確か運動部だったよね?」


「バスケ部」


「嘘でしょ!?」


 ついつい大声が出てしまう。運動部ってだけでちょっとびっくりするのに。


「偏見……。レギュラーなのに」


「ほんとだよ~、五月雨くん。人を勝手に決めつけちゃいけないよ?」


 ぐはっ! ほんと、さっきの山白さんの気持ちがよく分かるよ……。霜上川さんみたいな常識的な(?)人に正論で注意されると普通にヘコむんだよな……。


 それはさておき、僕はちゃんと山白さんに謝っておくことにする。


「ごめんなさい、山白さん」


「許す」


 良かった……許された。


「うちのバスケ部、強いんだよね! すごいな~、山白さん」


「私信キャッチしました~!」


「私信も何も会話してるでしょ!?」


「そうだった、奇跡……それにしても……会話か……」


 と、山白さんは霜上川さんと僕の顔を交互に見て、言った。


「今日は、えっちに聞こえる言葉の話、しないの?」


◇ ◇ ◇


「えっ……?」


「なっ……!?」


 一瞬、時が止まる。


 どうして山白さんがそのことを知ってるんだ?


「ナ、ナンノコトカナー?」


 明らかな棒読みで霜上川さんが答える。いや、逆効果でしょそれは!


「だって霜上川さん、いつもえっちに聞こえる言葉を聞いたら嬉しそうだったし」


「いつもっていつ!?」


「去年から」


「そんなにあたしって顔に出るタイプだったかな!?」


「ううん、違う。ボクが霜上川さんのことを誰より分かってるだけだから……」


 山白さんはドヤ顔で言うが、普通に怖い。


「つまり、四六時中ずっと霜上川さんを観察してたら、霜上川さんが淫らに聞こえる言葉を求めてるように思えたってこと?」


「思えたっていうか、明らかにそうだと分かった。で、シャトーブリアンとふたりでいるときもそんな会話をしてるんだって分かった」


「シャトーブリアンじゃなくて五月雨ね」


 それはそうと、よほどの観察力というか執念というか……。


 僕は今後の会話の方針を掴みかねて、霜上川さんに視線を送る。


 しらばっくれるならもちろん、協力する。


 だが彼女は、真っ直ぐに山白さんを見ていて――


「……仕方ない。こうなればお願いするしかないんだけど、このことはぜひ内密にしておいてくれたら嬉しいな」


 素直に認めることにしたらしい。


「もちろん誰にも言わない。霜上川さんの不利になることは、このボクが全部排除するから……」


 なんか普通に聞いたらかっこいい台詞なのかもしれないけど、山白さんが言うと怖いんだよなあ……。


「ありがとう! 恩に着るよ!」


「オンに着るってことは、オフには着ないってこと。ひ、卑猥だよね、フヒヒ」


「す、すごい才能だよ、山白さん!!! もしかして天才か!?」


 おっとー!?


 確かに僕としてもちょっと感心してしまったけど、こうなるともう大喜利の域に達してるだろ……。


「ボク、霜上川さんのためにたくさん下ネタを考えるからね」


「嬉しいといえば嬉しいけど、申し訳なさすぎるよ!」


 嬉しいといえば嬉しいのかよ。


「遠慮しないで。霜上川さんの役に立つのが、ボクの幸せなので」


 愛が重い……。


「それじゃあ、いい言葉を思いついたら教えてほしいかな!」


「前から霜上川さんに教えてあげようと思ってた言葉がある」


「ほんと!? なになに!?」


 霜上川さんはめちゃめちゃ嬉しそうに食いついた。


「万華鏡」


「あー」


「あと、チンゲン菜」


「ああー」


 霜上川さんは評価を保留するような様子で腕を組む。これは山白さん、落ち込むだろ。


 僕はフォローしようと、霜上川さんの反応が微妙な理由を説明することにする。


「なんか妙に生々しいんだよね、笑えるようで笑えないというか、語感に可愛らしさがないというか」


「古参マウントやめてください!」


「せっかく気を遣ったのに! それを言うなら、どっちかというと山白さんが荒しでしょうが!」


「もう、二人とも仲良くしてよー! 五月雨くん、もうちょっと山白さんに優しくしてあげてね。もちろん山白さんも」


「っ……分かったよ」


「ぐすっ……分かった」


 山白さんは涙ぐんでいる。


「泣かないで! ほんとありがとね! これからも躊躇せずに、どんどん教えてほしいな!」


「ボクは、躊躇わない」


「ちょっとは躊躇った方がいいのでは?」


「五月雨くん!」


「五月雨くんに、〇〇〇、ってのは?」


「だからいちいちネタが生々しいって! それに僕に対してはそれ、できないでしょ!?」


「確かに」


「でもやっぱり山白さん、才能あるよ。期待の新人だよ」


「嬉しそうだなあおい!」


 そんな会話をしながら、もうしばらく通学路を3人で歩いた。


 霜上川さんの周囲にはヤバい人物しか集まってこないのかなとふと思ったけれど、それは僕にも刺さるなと思って、考えるのをやめた。



 つづく!

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