13 小刻みに 震えるものは 数多ある
「今日も元気に学校がんばった~! お疲れ!」
ぜんぜん疲れてなさそうな様子で校門を通り抜け、霜上川さんは言う。
「あ、ども」
「何その反応!?」
「いや、一介の中学生ごときがいっちょ前に『お疲れ!』とか言いあってるの見たら、僕ならムカつくなと思って……」
「誰目線なの!? 中学生同士だから別にいいんだよ!?」
「お、おう……」
中学生同士だから別にいいんですか!?
と、不埒なことを考えそうになるが、僕はそれを懸命に頭から追い出した。
昨日の帰り、ひとりになったあと勝手にひとりで情緒不安定になっていたのはもちろん僕だけだったようで、今日も今日とていつも通り、僕と霜上川さんは一緒に帰宅していた。たぶん霜上川さんは昨日僕が途中で別の道に消えたことなど覚えてもいないだろう。あのあとも冬籠さんと楽しく話したのだろうし。
とはいえ、かくいう僕自身も昨日の情緒不安定のことはすでに実感としては忘れかけている。意外に便利な性格だ。
「今日は冬籠さん、尾行してこないんだね」
言いながらいちおう背後を確認するが、冬籠さんらしき人影は見えない。
「ほとんど毎日お稽古があるらしいよ? 今日はお迎えの車で直接 e スポーツのお稽古に行くらしい」
「e スポーツのお稽古!?」
何それ興味ある。
「『時代はピストルですわ~!』って言ってたよ」
「ああ、確かにそういう時期、あるよね。僕はいま、グレネードの時代だけど」
「あ~、確かにそういう時期もあるよね。あたしはいま、サブマシンガンの時代かな。てかわりと常にそうなんだけど」
「おー、渋いね~」
って、え???
「霜上川さん、ゲームとかやるの?」
「逆にどうしてやらないと思ったの」
確かに……。
「いまのってハーフムーンの話? バーテックスの話?」
「ハーフムーンだよ。バーテックスはやったことないかな」
「同じだ……」
「おっ、そうなんだ。こんどマルチしようよ」
「え、うん……」
「あれ? もしかして嫌?」
「嫌じゃ、ない。なんかリアルの人とそういうことになるの初めてだから、どう反応していいか分からなくて……」
僕が言うと、霜上川さんはゆっくりと瞬きをする。もしかすると、目を細めたのかもしれない。
「五月雨くんは考えすぎだよ。思ったことをそのまま言えば大丈夫。たいていのことはね」
「そんなことないと思うけどなあ」
「そう? じゃああたしがいま思ってること言ってあげようか?」
霜上川さんはそう言って、僕の顔を覗き込んだ。
え、何? いまから僕、何言われるの? ぜんぜん心の準備ができてないのだが!?
「ピストルって言葉、ピストンっぽくて良いよね」
「ぜんぜん良くないが?」
「えー、そうかなー?」
「別に『ピストン』って言葉自体が、そもそもそういう言葉じゃないから、なんか屈折してんだよね」
「あー、言われてみればそれはそうかも」
まあ、満を持して言われたことがその程度で良かった。
なんか深刻っぽいことを言われたあかつきには、僕の精神のキャパがゼロになってしまう。そう思う。
「あれ? あそこにいるのって月夜さんじゃない?」
いきなり話題を変えた霜上川さんの視線の先には、近所の高校の制服に身を包んだ女性のうしろ姿があった。
確かに、言われればそんな気がしてくる。あのかなり小柄な感じといい、雰囲気といい、謎のきわどい略語を作って無邪気にそれを披露し、僕たちを混乱の渦に陥れた高校生こと月夜さんだ。
「おーい! 月夜さん!」
隣で霜上川さんがデカい声を出すので素でビビる。大声を出すときは一言断ってほしい……。
霜上川さんの声に気が付いたのか、前方を歩く月夜さんは振り返り、柔和な笑みを僕たちに向けた。
小走りで月夜さんに駆け寄る霜上川さんを追って、僕も歩調を速める。
「おふたりとも、こんにちは~。またお会いできてうれしいです~」
のほほんとした口調で月夜さんは微笑む。相変わらず、近くにいるだけで良い意味で気が抜ける人だ。
「あたしも嬉しいです! 帰りですか?」
「そうです~! 今日は何も探してませんよ~えへへ」
そういえば先日、月夜さんは弟へのプレゼントとして準備した腹巻の所在が分からなくなり、それを探していたのだった。
「弟さん、喜んでましたか?」
僕の質問に、月夜さんは苦笑いで答える。
「余計なお世話だって言われちゃいました~。やっぱり反抗期なんですかね~」
「そんな~!」
心底悲しそうに霜上川さんが口を挟む。
「でも、実はこっそり毎日巻いてくれてるんですよ~。とっても可愛いんですから~」
「おー! それは……"良い" ですね!」
なんか霜上川さん、"力" こもってない? 怖いので何もツッコまないことにしておくけど……。
そんな会話ののち、しばらく3人でぼうっと歩く。
僕は霜上川さんとふたりで歩くとき、わりと無言が気にならない。じゃあそこに月夜さんが加わったらどうなるか。
ふたりならたいして無言が気にならなくても3人だと気になることというのはままあるものだけど、幸い、いまも自然な空気が流れていた。たぶんそれは月夜さんの人徳というか、雰囲気のなせる業なのだろうと思う。
そう感心していると、
「そういえばおふたりは電マ、持ってますか~?」
「????????????」
「??????????????????」
電マ……? マ?
どうして月夜さんからそんな質問が飛び出してしまったのかまったく理解できないのだけれど、とりあえず端的に答えておくことにしよう。
「持ってません」
「あたしも持ってませんね、ギリギリ」
霜上川さん、ギリギリって何ですか? という心の声を僕は必至で抑え込んだ。
「そうなんですか~。おふたりとも珍しいですね~」
言うほど珍しいか? という僕の疑問を代弁してくれるように、霜上川さんが口を開く。
「そ、そうですか……? 中学生で持ってる方が珍しいと思いますけど」
「いや~、最近はみんな、持つのが早いですから~」
いつのまにか世の中そんなことになってたのか!? しかも持つのが常識だったのか!?
「いちおうお尋ねするんですけど、ちなみにその電マっていうのは片手で持てて、震えたりするやつのことですか?」
おお、霜上川さんがナイスな質問を繰り出してくれる。
月夜さんにはこの前の「おなほ」(お腹ホルダー=腹巻のこと)という前科があるからな。よく確認しておくことが大切だ。
「まさしくその通りです~」
その通りなのか……。
「授業中とかは音が出ないようにしてますけどね~」
「授業中に!?」
霜上川さんは敬語も忘れて応答していた。
「あらあら、もちろん触ったりはしませんよ~?」
「触らずに……? それってつまり、かなり小型のものってことですか?」
「どうでしょう~? 最近は大きいのが増えてきましたからね~」
そうなのか。そのあたりの事情は知らないけどさ……。
いや、でも待てよ?
「(あれってマッサージ器だから、普通に肩こりの解消とかのために使ってるだけかも)」
僕は月夜さんがどっかそのへんを見ているタイミング(けっこうある)を見計らって、霜上川さんに耳打ちした。
「(確かにそうかも。訊いてみよう)」
そう言って、霜上川さんは月夜さんに向き直る。
「月夜さん、その電マっていうのは、肩こりの解消とかに使うんですか?」
「え~、違いますよ~。逆に、ずっと使ってると肩がこってきませんか? 変な態勢になってしまって」
そういうものなのか!? ともかく、肩に使っているわけではないということか……。
「月夜さん、それっていま持ってますか?」
そしてついに、霜上川さんは核心を突く質問を繰り出した。
「もちろん持ってますよ~!」
そう言って月夜さんはサコッシュの中に手を突っ込む。
いや、見せられても困るのだが……。
「これです!」
で、月夜さんが僕たちの前に差し出したのは……。
「スマホ、ですね」
「どう見てもスマホですね」
一瞬、時が止まる。状況が飲み込めず固まった僕たちの時間を動かしてくれたのは、月夜さんの能天気な声だった。
「電動マシーン、略して電マです! スマホって呼び方よりかっこよくないですか~?」
「その理屈なら世の中の電化製品ぜんぶ電マやろがい!」」
我慢できなくなったのか、霜上川さんはついにタメ口でツッコんでいた。新鮮だ……。
「ふえぇ……」
「あぁ……ごめんなさい……あたしったら、つい我を忘れて……」
「あ、大丈夫です~! それに霜上川さんになら、もっと罵ってもらっても……」
「うん?」
「あれ?」
「はい?」
一瞬の沈黙ののち、月夜さんが再び口を開く。
「じゃあこれからは、電化製品のこと全部電マって呼びますね~!」
「それはまた違うんですよ!」
霜上川さんは畳みかけるように言葉を継ぐ(月夜さんが言っていた、罵ってもらう云々のくだりはなかったことになったようだ)。
「スマホ以外の呼び方を探すとしても『電話』でいいじゃないですか、電話なのだから! なんで電マなんですか!」
「なんだか魅力的な音だなと思って~。そういえば、おふたりは何と勘違いしてたんですか~? 電マというものが他にあるのでしょうか~?」
勘違い呼ばわりは普通に疑問だが、まあそれはいい。
霜上川さんはこの質問に一体どう答えるんだ?(他人任せ)
「電動マッサージ器の略ですね」
「なるほど~! それならそんなに変な言葉でもなかったですね~!」
「いや、それがですね……」
そう言って、霜上川さんは月夜さんの耳に口元を持っていった。ゴニョニョ。
「そ、そんな~! 困ります!」
「確かに……」
顔を赤くしていた月夜さんは、ふと自らの手の中にあるスマホに視線を落とした。
「なら、おふたりは電……は持っていなくてもスマホは持ってらっしゃるということですか~?」
「持ってます!」
「まあ、はい」
「そうだったんですね~! なら、リャインの連絡先を交換してくださいませんか~? この前お別れしたあと、これからもう会うことがなかったら寂しいなと思って涙ぐんでたんです~! 連絡先を知っていたら安心じゃないですか~?」
「ぜひお願いします!」
霜上川さんは嬉しそうにスマホを取り出す。僕としても断る理由はないけれど、なんだかどういうテンションでいればいいのかが分からない。ゲームのフレコ交換とかならともかく、顔を知っている年上の女性とリャインを交換するのなんて初めてだからな……。
めちゃ無邪気に「お願いします!」みたいなことを言うほど器用ではないし、かといって愛想が悪いのも良くないだろうし……。
「五月雨くんのID、送っとくね?」
と悩んでいたら、すでに連絡先の交換を終えたらしい霜上川さんが僕に声を掛けてくれた。
「あ、お願いします」
「おっけー!」
で、スマホを見るとさっそく友達申請の欄に月夜さんらしき人物の名前が出ている。
TSUKIYOというニックネームで、アイコンはフリー素材らしきウサギのイラストだ。
「ありがとう、霜上川さん」
「ん? ああ、どういたしまして?」
霜上川さんは親切をした意識すらないみたいだけど、僕としては非常に助かった。マジで霜上川さんは良い人だと思う。
「あっ、フレンドありがとうございます~。五月雨さんのアイコン、綺麗な写真ですね~」
「ああ、それ、霜上川さんが撮ってくれたんですよ」
僕はアイコンにしている青空の写真を改めて見て言った。
なんということもない写真と思ってたけど、確かに発色とかけっこう良いと思う。
「ほうほうほう~! やっぱりおふたり、仲が良いんですね~」
「はあ、まあ」
めちゃめちゃ要領を得ない返事をしてしまった……。とても仲良しです! と断言することには恥じらいを覚えるけれど、よく考えれば仲が良いといえばいいのかもしれない。ほとんど毎日一緒に帰ってるわけだし、スマホのアイコンも撮ってもらったわけだし。
そんなことをカジュアルに考えながら霜上川さんの方を向くと、なぜか彼女はめちゃめちゃ目を逸らし、肩を震わせていた。
なんか心なしか顔も赤い気がするし……もしかして怒ってる!?
僕が調子に乗って「はあ、まあ(笑)」とか言ってしまったからだろうか……。
「いや、ごめん、やっぱり仲良くなかったよね!」
「どうしてそうなるの!? 良いよね!? 仲!?」
「え、はい。まあそうかなと思ってたけど」
「じゃあそれでいいんだけどさ、ゴホン」
わざとらしく咳払いして、霜上川さんは僕から月夜さんへと視線を移した。まだ顔は赤い。
「もしよかったら気軽に連絡させてくださいね、月夜さん!」
「うふふ~♪ もちろんです! 相談でもいいですよ~! わたしこう見えて、けっこう頼られるんです!」
「なんだか分かる気がします……」
そうかのかしら? 僕はまだあまり分からないけども、当然、本人の前でそんなことは言わない。
「じゃあわたしは、このへんで失礼しますね~」
帰りの会みたいに「さようなら~」と発音し、月夜さんは立ち去った。
「意外と油断ならない人だよね、月夜さん」
と霜上川さんが言う。
「そう? 油断しまくってても大丈夫な人かと思ってたけど」
「実際、それでも大丈夫なんだろうけどさ」
◇ ◇ ◇
家に帰ってスマホを見ると、月夜さんからメッセージが届いていた。
音楽アプリを開いてバックグラウンドで再生しつつ、ベッドに寝転がって確認することにする。
『今日はありがとうございました』
『しもかみかわさんには、もっと遠慮せず接してもいいと思いますよ☆』
『高校生の戯言です。忘れてください☆(- ω・)v』
遠慮せず、ねえ。霜上川さんには、五月雨空史上けっこうかつてないほど遠慮せず接していると思うんだけどなあ。
とりあえず僕は、『ありがとうございます。恐れ入ります』とだけ返信する。
霜上川さんにも、何か月夜さんからアドバイスのメッセージが届いたのだろうか。届いたとしたら、それはどんなものだったのだろうか。
気にならないといえば嘘になるけど、たぶん僕からは訊かないだろうな。
……でも、それはどうしてなんだろう?
そんなことを考えていたら眠くなってきて、僕はスマホで15分間のタイマーをかけて目を瞑った。霜上川さんが夢に出てきたらどんなことを言うだろうと思ったけれど、言ってほしい言葉も、言われたくない言葉も、言いそうな言葉も、言わなさそうな言葉も、僕には考えだすことができなかった。
つづく!!!
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