11 ピクルスを 入れても抜いても ハンバーガー

「インゴットって言葉、『淫語』って言葉が入ってるのに淫語っぽくないよね」


「淫語じゃないからな」


「そっか~」


 放課後。降りしきる雨の中、僕と霜上川さんは通学路を歩いていた。


 当然のように霜上川さんの下ネタを聞いていると、彼女がふとこちらを見るのが分かった。


「五月雨くん、相合傘しない?」


「なんで!?」


 それってそんなあっけらかんと言うこと!? もっとこう、片方が傘を忘れた挙句、なんやかんやの心理戦があった後にあるイベントじゃないの!?


「雨の日ってついつい声が大きくなっちゃうからさ。心置きなく発言するために、もう少し近づいた方がいいかなと思って」


 まあ、そんなことだろうとは思ったけど。


「それなら普段の下校のときももっと小声で(下ネタを)言った方がいいと思うけどね!?」


「それはともかく! そもそも、傘を挟んでると話しづらいんだよ~」


 ふたりとも傘をさしているので距離が取りづらいというのは確かに分かる。あまり広がって歩いても道路をふさいでしまうし、近づこうとすれば傘同士がぶつかる。ビニル傘のジレンマだ。


「でも遠慮しときます」


「なんで!?」


「傘持ってるのに相合傘してたら、さすがにその、あれでしょ……」


「あれじゃ駄目なの?」


 霜上川さんは本気とも冗談ともつかぬ口調で言う。え、何それは。どういうこと!?


 僕の動揺が伝染したらしい。霜上川さんの顔にも、珍しく当惑が広がった。


「え、じゃなくてもしかして、あたしの知らないもっと別のあれがどっかに隠されてる!? 傘持ってるのに相合傘してたら実質性交渉みたいな!?」


「トゥィッターの限界ヲタクじゃないんだから」


「じゃあ別にいいじゃん」


「でも遠慮しとく」


「そっかー」


 霜上川さんは不貞腐れたように言う。


 まったく、霜上川さんの周囲ではそのくらい普通なのかもしれないけど、このふたりで相合傘をするのはさすがに違う。頑固だとかノリが悪いだとか思われても、そこは死守しなければ。


 とはいえ、隣を歩く美少女がブチギレてないかというのは普通に気になるわけで。


 先ほどから口を開いていない霜上川さんの方を、僕はちらりと見遣る。


「ん?」


 いや、目ぇ合うんか~い! なんでこっち見てたの!? 怖いのだが!?


 少し身構えていると、霜上川さんは口を開いた。


「それとレインコートって言葉、『淫行』って言葉が入ってるのに淫行っぽくないよね」


「淫行じゃないからな」


「そっか~」


 良かった。いつもの霜上川さんだ。てかレインコートが淫行じゃないって、何?


 そんな根源的な疑問にぶつかりながら、僕の目は正面から歩いてくる傘をさした人影を捉えていた。


 どうして妙に気になるのだろう。そう考えてみて、同じ学校の生徒が通学路を逆走しているからだと気づく。


 しかも傘でよく見えないが、あのシルエットは……。


「あれって古池くんじゃない?」


「やっぱそうだよね」


 このままいけばすれ違うことになるのは、爆乳魔法少女に憧れるハイテンション男こと古池くんだった。


「忘れ物かな?」


「どうだろう」


 まだ少し遠くにいるため、彼の様子はよく分からない。


 いよいよすれ違うとなればあちらから声を掛けてくると思うが――


「おっ! その姿は五月雨と霜上川じゃないか! やっぱふたり、仲良いな! 平和! ピース! ワールドワイド!」


 あの距離から声を掛けてくること、ある!? 声デカすぎないか!? 返事しようと思っても適切な声量がぜんぜん分からないんだが!?


「ほら、なんか言ってあげなよ」


「そんなこと言われても……」


 とはいえ、せっかく挨拶(?)してくれたのに無視した感じになるのも申し訳ない。


「……ども」


「聞こえるわけないじゃん! あと『……ども』って!」


「初対面のときより2回目に話すときの方が緊張する性質たちなんだよ!」


「それにしてもあのテンションの同級生に『……ども』って!」


「五月雨の言葉は心でしっかり聞いてたから大丈夫だぜ!」


「古池くん!?」


 古池くんは早くも僕たちの隣に到着していた。しかもすでに進行方向を逆にして足並みをそろえている。


「ふたりはこれからどっか遊びに行ったりするのか?」


「いや、しない」


「返事が早すぎないかな!?」


 なぜか霜上川さんは不服そうに僕にツッコむ。しかも、「いやあ、確かにまだ早いかなと思ってたけど……」などと意味不明なひとりごとを漏らしている。返事がまだ早いってことか? よくわからん。


「古池くんはなんか用事?」


「よくぞ訊いてくれた! ワン・オヴ・マイ・ベスト・フレンズ!」


「距離の詰め方がすごいな」


 しかも「ワン・オヴ~のうちのひとり」と言われたら、古池くんが全人類を親友ベスト・フレンドと思ってる可能性もある以上、無下にできない。する必要もないんだけども。


「実は俺、夕方まで行くところがないんだよ」


「それは大変そうだね」


 困りごとの気配を感じ取った霜上川さんが相槌を打つ。確かに、雨の中で行くところがないのは地味にキツいかもしれない。


「今日、部活があるって勘違いしてたんだ。でも屋内練習はバレー部と野球部で埋まってたらしくて部活は休み。いつも帰るころには家に家族がいるから鍵は持って出てないし、姉ちゃんがいるかと思ってチャイムを鬼押ししたけどどっかに出かけてるらしい」


「災難すぎるな……。でもスマホでなんとかなんないの?」


「今日に限ってたまたま家にスマホを忘れてきたんだぜ! だから、部活のメンバーを招集しようと思ったけどそれもできなくてな! 困った!」


 ぜんぜん困ったようには見えないのが古池くんの良いところだが、実際の状況としてはかなり悲惨だった。


「そうか……大変だけど頑張ってくれ」


「おう! 頑張るぜ! ありがとよ!」


 と古池くんも爽やかに言ってくれたので話を終わらせようとしたところ、霜上川さんからツッコみの波動を感じる。


「ちょっと待って五月雨くん! なぜスムーズに帰宅しようとしているの!?」


「だって僕にできることは何もないし……」


「ワン・オヴ・ユア・ベスト・フレンズがひとりで寂しく雨の中消えようとしているのに!?」


 ぐっ! ワン・オヴ・マイ・ベスト・フレンズの件を出されると何も言い返せない! 友達じゃないから! とかいえるような雰囲気でもないし、言うべきでもないだろうし。


 もちろん僕としても、古池くんが楽しい放課後ライフを送ってくれれば何よりだと思う。ただ、彼が僕と一緒にいて果たして楽しいのかぜんぜん分からないし、会話が続くかどうか、正直、怖い。続かなかったときの気まずさを想像すると、何事もなかったかのように帰ろうという選択肢の存在感が増してしまうのだ。


「俺のことは気にしてくれなくて大丈夫だぜ! もち、構ってくれるならアガるけど!」


 なんて謙虚かつ素直な人間なんだ……。僕はこんな人を見捨てて帰宅しようとしていたのか……?


 急に「先ほどまでの自分、ありえなくない?」の気持ちになり、僕は口を開いていた。


「よ、良かったら家の人が帰ってくるまで、時間潰す? 一緒に」


「マジか! ありがとう!!! 心の友よ!」


「もしかしてジャイアニズムの人だった!?」


「それじゃあこれから五月雨の家、行っていい?」


「あ、それは駄目です」


「そっか~」


「ちなみにどうしてダメなのっ!?」


 なぜかそれがさも重要なことであるかのように霜上川さんが尋ねてくる。別に自分が来たいわけでもないだろうに……。


「いや、ちょっといま問題があって……。たいしたことじゃないんだけど」


 正確にいえば、問題というのは僕が人を自分の聖域へやに入れたくないというだけのことであって、家庭の事情とかでは全然ない。けれど、まあ、そのあたりは悪いけど誤魔化しておく。


「分かるぜ! 片づけないといけない、見られたくない物のひとつやふたつ、あるよな! 河原で拾ったエロ本とか!」


「古池くんはいつの時代の人なの!?」


 という若干男子っぽいノリの下ネタの応酬をしてしまったが、霜上川さんはどういう反応なのだろう。と思って彼女のほうを見ると、やはりというかなんというか、"虚無" の表情をしていた。


「悪い、霜上川! ついつい口が滑っちまった! 五月雨は悪くないんだ!」


 彼女の表情に気づいたらしい古池くんは、両手を合わせて霜上川さんに詫びる。


「気にしないで。それより、これからどうするかだね。ふたりで・・・・あたしの家、来る? 今日はお父さんが家で仕事してるから、そういう遠慮はいらないけど」


 ふたりで、という部分を意識してかせずか強調して霜上川さんは言う。その意味について考えるより先に、古池くんの大声が僕の思考を遮った。


「いや、さすがにそれは悪い! というか正直に言うと気まずい!」


「まあ、それはあるよねー」


 うむ、古池くんが言ってくれて助かったけど、正直、人の家に行くのって気を遣うんだよな。だから――


「駅前まで出て某大人気ハンバーガーチェーンにでも行く?」


 埒が明かない感じになってきたので、そう提案してみる。


「五月雨、不良か!?」


「だから古池くんはいつの時代の人なの」


 ファストフード店は休みの日に本を読むためにたま~に行くんだよ。


「でも五月雨くんがポテト食べてるとこって想像できないかも。『塩と油のカタマリじゃん』とか言って嫌ってそうなのに」


「ディスられてる!? いや、単に僕が健康を志向する人間に見えるってことだよね。塩との油のカタマリであることは現に否定できない事実なので」


「おお、いつもの五月雨で安心した」


「だね」


 なぜかふたりに納得されている……。


 ともかく、話は決まった。


◇ ◇ ◇


「古池くん、めっちゃ食べるじゃん」


 じゃんけんでレジに並ぶ順番を決めることになり、ふたりに勝った僕は最初に席についていた。続いてやってきた古池くんのトレイには、3つの包みとLサイズのポテトが置かれている。


「育ち盛りだからな! 200円のバーガー3つくらいは余裕だぜ!」


「すご」


 僕はといえばコーラとチーズバーガーだけだ。コーラはゼロカロリーのやつにしようかとも迷ったが、なんかこれから糖分を使いそうな予感があったので普通のやつにした。


「おまたせー」


 続いて霜上川さんがやってくる。


 彼女のトレイには、Mサイズのコーヒーだけが載せられている。


「霜上川、渋いな!」


「そう? 普通だと思うけど」


 そう言いつつ、霜上川さんは席に座ると同時に、砂糖もミルクも入れずにコーヒーを口にする。かっこいい……。


 ちなみに席は、僕と古池くんが隣同士に座り、僕の手前に霜上川さんがいるというフォーメーションだ。


おまた・・・せしてごめんね」


 という言葉と同時に、霜上川さんの足が僕の脚に触れる。ちょっと距離を見誤ったのだろうか。


「そんなに遠慮することないぜ! こっちこそお先だぜ!」


 ナイスガイの古池くんはそう言うと、最初の包みを開けて豪快にバーガーを頬張った。


「ふたりはピクルス・・・・って抜いてもらう・・・・・・派? それとも入れたまま出してもらう・・・・・・・・・・・派?」


「そうだな! 俺はピクルス好きだからそのままだぜ!」


「僕も別にそのままでいいかな。昔は苦手だったから抜いてもらってたけど」


 と、そのとき、コツン、と霜上川さんの足が僕の脚に当たった。


 ――明らかに、おかしい。


 彼女の足が当たりすぎるのだ。どう考えてもわざととしか思えない。


 いまだけじゃない。霜上川さんが発言する間も、実は3回ぐらい当たっていた。


 しかも僕のすねのあたりに当たる感触からして、彼女はどうやらローファーを脱いでいる。つまり、汚れるといけないからとあえて靴下の状態で僕を蹴っているのだ。


 なんだこれ。もしかしてなんらかの合図?


「そっか! あたしは特に意識したことなかったんだけど、この前、ピクルス・・・・なしって注文してる子がいてびっくりしたんだよね。話を聞いたら珍しくないみたいで」


 また、一度蹴られる。霜上川さんがピクルスと発音したタイミングだ。


 これってもしかして……。いや、さすがにそんなわけないか。


「確かにピクルス抜きはけっこう聞くよな! 独特の酸味や食感が苦手な人も多いんだろう。俺はそれが好きなんだけどな!」


「良いアクセントになるよね」


 霜上川さんは爽やかな笑顔で古池くんに対応する。こんなに爽やかな人が、まさかな。


「そういえば、五月雨と霜上川はいつから仲良くなったんだ? 小学校が同じだったとか?」


「えっ……小学校は別、だよね……?」


 霜上川さんはおそるおそるといった様子で確認する。


「……うん」


 確認しないと分からないのかよ!


 確かに、同じ小学校にいても僕の影が薄くて僕の存在に気づいていなかったということはありえるだろうけども……!


「じゃあ去年のクラスで一緒だったとか?」


「いや、2年から一緒になった」


 霜上川さんばかりに対応してもらうのも悪いかなと思い、僕も口を挟むことにする。


「そうなのか! やっぱ隣の席の絆は強いなあ」


 僕が今までの人生で一度も考えたことがないようなことを言って古池くんは納得する。下ネタノートがきっかけと考えるよりは自然な発想かもしれないけどな。


「まあコイツも悪いやつじゃないんだ。よろしくしてやってくれよな!」


「突然の幼馴染ヅラ、何!? 古池くんより霜上川さんとのつきあいの方が長いからね!?」


 まあ知り合ってからの期間で言うと2、3日の差ではあるが、ふたりでしゃべった時間とかでいうと圧倒的に霜上川さんとの方が長いんだよな、なぜか。


「う、うん、そのつもり……」


 で、霜上川さんはなぜか顔を赤らめてそう言うとコーヒーに口をつけた。そんで、離したかと思うと、また一口、コーヒーを飲む。


 どうしたどうした? 古池くんに意味の分からないことを言われてはらわたが煮えくり返っているのだろうか。


「……ん? んん、ああ、ほうほう」


 そして、古池くんは古池くんでひとり何かを納得したかと思うと新しいバーガーの包みを解いて頬張り始める。不可解だ……。親以外の人間と一緒に飲食店に入る機会が少ないから分からないんだけど、同級生とファストフード店に行ったときの感じって通常こんなもんなのか?


「そういえば古池くんってサッカー部なんだっけ? 練習って大変?」


「そうだな! 朝練もあるし休みも練習だから大変といえば大変だけど楽しいぜ! ボールはワン・オヴ・マイ・ベスト・フレンズだからな!」


「その表現好きなんだな」


「じゃあ古池くんはサッカーに精通・・してるんだね」


 精通、と発音したタイミングで、またもや霜上川さんの足が僕の脚に触れた。


 おいおい……。


「そこまで海外リーグとかに詳しいわけじゃないけどな! サッカー部にはめちゃめちゃマニアみたいなやつがいっぱいいるんだぜ! マジリスペクト! でもサッカーが好きという気持ちは負けねえ! うおー!」


「いいなー。ひとつのスポーツに熱中できるって青春って感じだよね」


「それはそうだな! でも青春の形はスポーツだけじゃないぞ! なんでも青春だ!」


「熱いな」


「素晴らしい。そういえばサッカーといえばあれってなんていうんだっけ。あの、切れると願いが叶うやつ」


「ミサンガだな!」


「それそれ! そっか、じゃあそうでもないな」


「ん?」


「え?」


 霜上川さんの謎の発言に、古池くんも僕もつい疑問符を投げかける。


「ううん、なんでもない。古池くんはつけてないの?」


「いやー、実はつけてるんだな、それが」


 そう言って古池くんは、シャツの袖をまくって手首に巻いた紐を見せてくれた。思ったよりキラキラしているというか、ファンシーだ。


「おー! ラメ・・が入ってて可愛いね!」


 で、霜上川さんは『ラメ』のところで、またもや僕の脚に触れる。


 ああ、疑惑だったものが確信に変わってしまった……。


「俺はもうちょっと落ち着いた色の方がいいんだけどな!」


「ということは、誰かにもらったの? もしかして女の子?」


 霜上川さんが言うと、古池くんは恥ずかしそうに自分の頭をさすった。


「いやー、実はそうなんだよ。実は隣の家に昔から家族ぐるみの付き合いのある幼馴染がいて、そいつがくれたんだ。まあ、くれたからにはつけないわけにはいかないと思ってな! そいつの部屋とは窓を開けたら話せるくらいの距離で、いつも用もないのに声を掛けてくるから迷惑してるんだけどな!」


「えー、なんだか素敵な関係だね、それ」


「いや、そうでもないって! まあ腐れ縁って感じだな!」


「そうー?」


 めっちゃ早口で語るじゃん。絶対にその子のこと好きじゃん。


 と、ほっこりするのはいいんだけど、それはそうと霜上川さんさあ。


 淫らに聞こえる言葉が出たタイミングで僕の脛を蹴ってきてない?


 さっきからうっすら思ってたけど、卑猥な言葉(霜上川さん判定)が発せられたときだけ、脛を蹴ることで僕に知らせてきてるよな?


 なにそれ、どういうこと? どういう気持ちでやってるの?


 という思いを込めて霜上川さんの顔を見るけど、いつもの人のよさそうな笑顔で防御される。ヤバすぎるだろ。


 もう僕は怖いよこの人が……。


「そういえば幼馴染ってなんか別の言い方もあったよね。なんだっけ」


竹馬ちくばの友だね」


 僕が答えた瞬間、また蹴られる……。


「そうそう! それそれ!」


 竹馬に反応したのか。判定甘くない?


「五月雨は物知りだな!」


「そうなんだよね。五月雨くんは語彙力がすごいから」


「いうほどでもないけどね」


 ていうかなんで霜上川さんが自慢げなんだよ。


「マジか! 確かに五月雨はいつも本を読んでるもんな! 偉いぜ!」


 古池くん、良いやつだよな……。


「じゃあ俺はそろそろ行くわ! 母がパートから帰ってきてると思うし!」


 見ると、古池くんはいつのまにかハンバーガーをすべて食べ終えていた。


「じゃあ出るか」


「いや、五月雨と霜上川はゆっくりしててくれ! まだ飲み物とか残ってるだろ?」


「別に持って出ればいいし……」


 という霜上川さんの言葉を聞いてか聞かずか古池くんは立ち上がる。


「今日は本当にありがとな! この恩は忘れないぜ! じゃ!」


 と言って古池くんはなぜか僕の肩をポンポンと叩いた。フレンドリーだな。


 足早に店を出て行った古池くんの背中を見送り、僕と霜上川さんは互いに顔を見合わせる。


「忙しいやつだな」


「確かに」


 霜上川さんは優雅にコーヒーを飲みながら頷く。


「で、なんだったのさっきまでのは」


「な、なんのことかな~」


 まさかしらばっくれるつもりなのか!?


「霜上川さん、いま片足の靴、履いてる?」


「は、履いてるし。履いてるかどうかなんて、女の子にそんなこと訊くのはデリカシーがないよー!」


 そんなこと言われましても……。


 会話中に淫らに聞こえる言葉が出たタイミングで脚を蹴るのはデリカシーがあるのかって話だしな。


 それに……。


「なんか古池くんに隠し事してるみたいで申し訳ない気がした。ちょっとだけ」


 僕の言葉に、霜上川さんは一瞬だけ目を丸くして、それから不思議な笑みを浮かべた。


 たぶん僕には一生かかってもできないだろうと思えるような、そんな表情。


「大丈夫。五月雨くんと古池くんの間にも、秘密はあるでしょ?」


 ある……のか?


 古池くんが爆乳魔法少女になりたいと言っていたとか、そういうこと?


 だとすれば確かに、僕は霜上川さんにそんなことを告げ口することはないだろうから、秘密といえなくもないのかもしれないけど……。


「分からん。けど、霜上川さんと僕の間のほうが、秘密はある気がする」


 僕が言うと、霜上川さんはまたさっきの笑みを僕に向ける。


「秘密って言葉、なんだかいやらしいよね」


「そんなことはない」


「えー、そうかなー」


 いつもの調子で言う霜上川さんに僕は『そうだよ』と言おうと思うけれど、言えなかった。


 なんだか確かに、秘密という言葉はいやらしいような気がしていた。


 つづく

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