5 清掃の 中で生じる 静止かな
わが校は帰りのホームルームのあと、週の当番になった者たちだけが掃除をして帰ることになっている。で、僕はめでたく新学期早々に廊下掃除の担当というわけだ。
スピーカーからは放送委員が選んだと思われるアニソンがぴょいぴょいと爆音で流れており、そこここで盛り上がる声が聞こえるが、僕は『そういうのいいから』感を全力で出しつつ、箒を取り出して掃き掃除を始めた。
「おっす! 五月雨!」
「誰だよ」
いきなり呼び捨てで声を掛けてきた男に、僕は素で疑問をぶつけてしまう。
マズいマズい。もうちょっと当たりの柔らかな人間だと認識しておいてもらわないと、後々面倒なことになるかもしれない。
「俺だよ! もしかして忘れちまったのか? 俺のことを! そうか、五月雨はタイムリープを繰り返した後遺症で……」
「突然のアドベンチャーゲー親友ポジションやめてくれ。本当に初対面か心配になってくるだろ」
「悪い悪い! 俺は
「お、おう……」
なんか熱血なやつがきたな……。
そういえば、自己紹介でもちょっとお調子者っぽいことを言って笑いを取っていたっけ。カードバトルアニメの主人公みたいな髪型と、第二ボタンまで開襟したシャツ、きりっとした目元が印象的な、イケメン、と言えなくもない男である。
だいたいそういう人間は僕のことを陰で笑っていることが多いが(偏見)、こいつの場合、そんな疑念を抱かせないぐらいテンションが高い。
絶対に悪いやつではないんだろうというのはなんとなく分かるんだけれど、仲良くなれそうという感じはぜんぜんしないというか……。
「いやあ、それにしても、箒ってエロいよな!」
「突然何を言い出したの!?」
やっぱり仲良くなれる気がしねえ……。
「おお、すまねえ! 心の声が漏れ出ちまった。箒を見てたら、これに
「しちまってな、じゃあないんだよ。そして箒の柄をさするのをやめてくれ」
「五月雨、そういうのダメなタイプ? だったら悪かったな。これから言わないようにするから」
「ダメとかじゃなくて、普通にびっくりしただけだよ。男子中学生の欲求不満に」
「フラストレーションってやつだな! だが安心してくれ! 俺は爆乳魔法少女が目の前にいたら、彼女が箒に跨るときはちゃんとそれとなく目を逸らすぜ!」
「ありえない想定だけど、ちょっと安心した! かなり安心した!」
「じゃあ掃除を始めようぜ。俺自身が爆乳魔法少女になるという可能性も視野に入れてな!」
「もう本当に何を言ってるの!?」
爆速で掃除をはじめる古池くんの背中を見ながら、僕は中学生ってヤバいやつしかいないのかなと思って頭を抱えるが、まあ実際そうかもしれないと思い直し、冷静に廊下の埃を目で追うよう心がける。
と、そのとき。僕の背後に誰かが立った。命を狙われてたら完全に
という予想を裏切り、そこにいたのは霜上川さんだった。
少し上気した表情の霜上川さんは、箒を手にこちらを見ている。え、何? 霜上川さんって理科室かどっかの担当じゃなかったっけ。
「ねえ、五月雨くん」
周囲を確認してから、霜上川さんは僕の右耳に顔を近づけた。当たり前だが右耳から大きく彼女の呼吸音やらなんやらが聞こえてくるので、バイノーラルASMR感がある。
ま、まさかこのまま甘い言葉をささやかれてしまうのか……!? と図らずも僕がドキドキしていると……。
「お掃除フェアっていうフェアがあったら、かなり卑猥だと思わない?」
もう終わりだよこの学校……。
「あるでしょたぶん、お掃除フェアっていうフェアぐらい」
「やっぱりあるかなあ!
「大声で淫靡とか言わないで!? あとなんでそんな嬉しそうなの!?」
「いやあ、そりゃあやっぱり五月雨くんの理解力が……」
「なんてなんて!? 何が嬉しそうだって?」
と、霜上川さんが何か言いかけたところで、何かエロスの波動を感じたらしい古池くんが聞き耳を立ててこちらにやってきた。
もはやこのふたりは箒の醸し出すエロスについて熱心に語り合えるんじゃ……と思って霜上川さんの方を見たが、霜上川さんは古池くんの方を "虚無" の表情で見ている。
が、これではいけないと思ったのか、彼女はすぐに愛想の良い表情を作ると、
「なんでもないよ~」
と機嫌よさげに言った。
「マジ!? なんか五月雨、淫靡がどうとか言ってなかった!?」
わお、しまった。ツッコミの方が声がでかくなってたパターンだ。
「そ、それは……、淫靡……テーション! インビテーション! そうそう、霜上川さん、運動神経がいいから、今からでも部活に入らないかって
「はえー。さすが霜上川だな! 知らんけど!」
僕の謎の説明で古池くんは納得してくれたらしい。なんか純粋な彼を騙したようで多少申し訳なく思うけど、霜上川さんの名誉を守るためなら小さな犠牲だ。
「それにしても、かなり盛り上がってたじゃん! もしかしてふたり、仲良いのか!?」
「えと……それは……」
僕は言い淀んでから、なんで言い淀んだんだと考える。仲が良いわけがないじゃん。昨日初めてしゃべったのに、そんなので仲が良いなんて言ったら厚かましいにも程がある。
でも、なんて言えばいいんだ? 仲が悪いって言うのはトゲがあるし、不仲営業っぽくなって逆に親密な感じを出しちゃう可能性すらあるもんな。やっぱここは、
「いや、隣の席だし、ちょっとしゃべってただけだよ」
うんうん。こんぐらいが無難だよな。ていうか真実だ。
「ソーナイス! 人間、そっから仲良くなっていくからな! じゃあ俺はゴミを捨ててくるぜ! なぜから俺は一刻も早く部活をしたいからな! 一刻も早く部活をしたいやつがゴミを出すのが道理だろう! アデュー」
そう言って古池くんは駆け足で去ってゆく。彼は何部に所属しているのだろうか。たぶんサッカー部かな(偏見)。
「ありがと、誤魔化してくれて」
と言って話しかけてきたのはもちろん霜上川さんだ。
「淫靡のこと? 別に、僕が大声で言ったせいで変な感じになっただけなんだから、礼を言われることはない」
「そっかそっか」
なぜか上機嫌で霜上川さんは言う。僕に借りを作ることにならなくて嬉しいのだろう。
で、そっから霜上川さんは急に納得いかないってな表情を見せる。二面性があるってよりもむしろ、子供みたいに情緒がコロコロ変わってるっていう印象だ。
「でも、仲良いって言ってくれてもよかったのに」
ん? 古池くんの質問にただの隣の席の人ですって答えたことを言ってるのか?
「だって、仲が良いってもっと、お互いの家に遊びに行ったりとか、そういうことを言うんじゃないの?」
僕の答えに、霜上川さんはほんのりと顔を赤くした。
ヤベえ。友達いないくせにやたらと重い男だと思われたかもしれねえ!
「それはそれでアリかもだけど……でも、こうやって喋ってて、仲悪くないんだったら、仲良いでいいんじゃないかな」
「当たり判定がデカすぎる……!」
「そうかなぁ……」
僕は良い感じでツッコんだつもりだったのだが、なぜか霜上川さんは不服そうだ。やはり、誰とでも臆せず話せる人気者と僕とでは、このあたりの認識がかなり違ってきてしまうんだろうな。それはもちろん仕方ない、というか、当然のことだと思う。
「あ、あと、『淫靡なインビテーション』、良いね! かなりいい!」
「なんか僕が駄洒落を言ったみたいになるから改めて言うのやめてくれない!?」
そう懇願したものの、霜上川さんは僕の言葉などに取り合わず、満面の笑みを浮かべている。本当になんなんだこの人……。
「じゃあ掃除終わったし僕、帰るから」
「うん! あたしも持ち場の様子見てくるね! あたしの方が遅かったら、ちょっと待ってて!」
「……え?」
「……うん?」
僕は霜上川さんの発言の意味が普通に分からず、素で固まってしまう。さながら『音楽かけて!』というかわりに『明日の朝、ゴミ出しといて!』と言われたア〇クサだ。
「僕が帰宅するにあたって、僕が霜上川さんを待つ必要ってないよね?」
「え? 一緒に帰んないの?」
霜上川さんはそう言って、首をかしげるのだった。
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