解かれたもの 1

 聞こえ始めた喧噪に、口の端を上げる。


 その喧噪が十分近付いてから、キーラは読んでいた書類を机に落として立ち上がり、執務室の窓から外を見下ろした。


 平原に暮らす人々を守るために建てられた『始まりの都』にある、ただ一つの塔。その、円筒形をした塔の最上階にある、都を守る『夜を守る者』の隊長専用の部屋から見える平原は、地面から湧き出し作物を全て枯らせてしまった『白い土』で白茶色に染まっている。しかし『始まりの都』の、蒼みがかった黒色をした城壁の側は、何時になく明るい。平原を開拓していた、しかし『白い土』と、夜に跋扈し人々を喰らう闇色の魔物から逃れるために新しい故郷を捨てようとしている人々を守る『翼持つ者』の一隊が帰還したようだ。疲れた影を引きずる、それでもほっとしているようにも見える『翼持つ者』達と、彼らに守られるようにして都の城門を潜る平原を開拓していた避難民達を見つめ、キーラはほっと息を吐いた。


 疲弊した避難民達を保護し、この執務室からは見ることができない、平原と他の地域とを隔てる丘の向こうへと送ることも、『夜を守る者』の職務の一つ。その仕事は、副隊長達がうまくやってくれるだろう。丘の向こうへ去っていった人々に職住の世話をしているキーラの叔母夫婦に、報告と依頼の手紙を書かなければ。執務室に設えられた大きな机に戻ろうとしたキーラはしかし、平原の方へと走り出た小さな影にはっとして窓の方へと踵を返した。あの、影は。『翼持つ者』の殿を守っていたこれも小さな影に飛びついた影に、微笑みを浮かべる。集団の一番後ろにいたあの影は、この『始まりの都』近辺で窃盗を働いていたところを『翼持つ者』が捕らえた一団の一人。今は亡き父の友人でもあった『翼持つ者』の隊長アルトに頼まれ、一時期『夜を守る者』の見習いとしてキーラが預かっていた、リクという名の青年。そして。もう一人の、飛び出して青年リクに抱きついた影は、『翼持つ者』の正隊員となったリクが平原で助けた身寄りの無い少女。


 罪人として『始まりの都』の城壁で無惨に首を吊されるか、『翼持つ者』の一員として『白い土』が発する瘴気に冒されるか、『夜を守る者』の見習い隊員として魔物に喰われるか。それが、平原で罪を犯した者の末路。しかしリクは、『翼持つ者』の一員として、あの少女とともに生きる道を選んだ。平原の探索に向かっているアルト小父様が戻って来たら、リクをあの少女と一緒に早急に丘の向こうに送るよう頼もう。夕闇の中に見える、二つの小さな影の小さなやりとりを見つめ、キーラはもう一度、微笑んだ。

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