道標の代わりに 3

「……本当に、姉さんはここに残るの? 行かないの?」


 アイラを馬車に乗せようとする姉キーラの、左薬指に光る金色の輪と背中で眠る乳飲み子を見やり、もう一度、問う。


「私には、ここでやるべきことがあるから」


 毅然とした姉の変わらない答えに、アイラは俯いて涙をこらえた。


「ほら、泣かない」


 そのアイラの背を、キーラが優しく撫でてくれる。


「アルト小父様が待ちくたびれてるわ。早く乗りなさい」


 いつも通りの、しかしどこか霞んで聞こえる姉の言葉に、アイラは頷き、平原を去ろうとする人々でほぼ埋まった、アイラの上司であり、父の友人でもある『翼持つ者』部隊の隊長アルトが操る馬車に乗りこんだ。


 キーラが閉めた馬車の戸の隙間から、生まれ育った『始まりの都』の蒼黒い周壁が遠ざかるのを見つめる。平原を開拓する人々を守り、平原を跋扈する魔物を平原の外へ逃さないようにする役割を持って建てられたこの都を再び目にすることは、できるだろうか? 馬車から飛び出したくなり、アイラは膝を抱えて目を瞑った。


 瞼の裏に流れるのは、『始まりの都』と同じ色の壁をしたあの建物で過ごした、一夜のこと。名前も知らないあの人を葬る間に、咲いていたはずの花は全て散ってしまった。後に残ったのは、枯れた色をした茎と葉だけ。実は、種は、……取れなかった。あの建物の中に残っていた幾粒かの種を、都に帰る途中で蒔いてはみたが、ちゃんと育つかどうかは、分からない。だが。お腹の中で何かが動いた気がして、アイラは静かに微笑んだ。少なくとも、ここに、結果がある。いつかきっと、あの赤い花が示す道を辿って、あの方が待っている場所に行こう。もう一度微笑み、アイラは遠ざかる平原に目を移した。

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