道標の代わりに 1
瞳に映る、見覚えのない高い天井に、目を瞬かせる。そっと横を向くと、大きく開いた窓の向こうに、白い地面に映える緑色の線が見えた。
ここは、どこ? 意外に柔らかい枕に乗る動かない頭で、これまでのことを思い起こす。アイラは、平原に暮らす人々を守る『翼持つ者』の一員。地面から湧きいでて作物を枯らし人々を蝕む『白い土』と、夜の闇に紛れて家畜や人々を喰らう闇色の魔物から逃れるために平原を離れようとする人々を守る職務を負っていた、はず。なのになぜ、自分はこんなところにいる? もう一度、開いた窓の外の緑色を見、アイラは目を細めた。なぜこの場所では、植物が育たないはずの『白い土』の上に植物にしか見えないものが育っているのだろう?
平原が草や作物で覆われていた頃は、穏やかな風が吹く暮らしやすい場所だった平原は、『白い土』のせいで植物が全て枯れてしまった所為で、瘴気が舞う、人々には冷たい場所に変わってしまった。平原に吹く風は人々を打ち倒すほど強く、そして砂を含んだ熱いまたは冷たい風となってしまっている。その砂嵐に、アイラと、道に迷っていた『翼持つ者』の小さな一団は巻き込まれてしまった。そして。……仲間は? 他の、一緒にいたはずの隊員達は? 動かない身体で見回すまでもなく、アイラが寝かされているこの小さな円い部屋にいるのは、アイラだけ。冷たい事実に、アイラの目から涙がこぼれた。
「気が付いたか?」
不意に、小さな椀を持った人物が、アイラの隣に現れる。知らない人だ。この場所に住んでいる人だろうか? アイラはじっと、瞳の横の、小柄な影を見つめた。真っ白な髪に、血の気の無い頬。アイラに差し出した椀を支える両手も、土気色だ。この人の方が、食べることを必要としているのではないだろうか。そう思いながらも、アイラは自分の食欲のままに上半身を起こし、小柄な影から温かい椀を受け取った。椀の中身は、具が入っているのかといぶかしむほどに薄いスープ。それを一息に飲み干すと、アイラはふうと息を吐き、そして尋ねた。
「あなたが、私を助けてくれたの、です、か?」
「ああ」
アイラの問いに、小柄な影が小さく頷く。
「他の、……隊員達、は?」
「誰も、いなかった」
君一人が、あそこに倒れていたんだ。小柄な影が指し示した、緑の線の向こう、蒼黒い石垣の先に見える白い砂の山に、息を吐く。砂嵐で仲間と方向を見失い、アイラだけが、この場所に辿り着いた。はぐれた仲間達も、無事に砂嵐を脱出してくれていたら、良いのだが。目を瞑り、アイラは虚空に、祈った。
「もう少し眠っていた方が良いようだね」
そのアイラの手から、椀が消える。横になったアイラに薄い毛布を掛けてくれる、小さく冷たい手に、アイラは頷いて目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。