過ぎる想いは 1
何も無かったはずの空間に突如現れた異形に、全身が固まる。
再び唐突にその姿を消すまでずっと、カイはその怪物から目を逸らすことができなかった。
〈な、何だっ、た……?〉
異形の気配が消え、不毛の平原が再び元の、どことなくよそよそしい雰囲気を取り戻してからやっと、カイの全身に震えが走る。先程まで目の前に浮かんでいた異形は確かに、母の部屋の本棚からこっそり取り出して見た本の挿し絵に描かれていた、海に棲むという『魚』という生物と同じ姿形をし、しかしカイが暮らしていた『始まりの都』の城壁と同じくらいの高さを持っていた。
瞳に確かに映った強大な怪物の姿と、その身が纏っていた、水とともに地下からじわじわと湧き出てきた有害な土で白く染まった平原よりも強い生臭さを思い出し、首を強く横に振る。『恐怖』。その言葉が、深く心を支配する。『始まりの都』をしばしば襲う、人々を喰らう暗い影に対しては抱かなかった感情に、カイはもう一度、首を横に振った。『始まりの都』を離れて、まだ半日も経っていない。今からそんな弱気でどうする。自分を無理矢理叱咤すると、カイは休憩のために座り込んでいた窪みから立ち上がった。
日が暮れるまでに、避難所兼道標として立っているあの塔まで行かなくては。平原の僅かな凹凸の向こうに霞む細い影に口の端を上げる。魔物が跋扈する夜は、身を隠すことができる場所に居るべきだ。真鍮色の太陽が投げ続ける光が少しだけ弱まったことを確かめてから、カイは細い影の方へと歩き出した。
踏み出した足が、何かを蹴る。
〈……これ、は?〉
太陽の光に虹色に輝いたそれに好奇心を覚え、カイはその、自分の小さな手よりも大きな、丸みを帯びた平たいものを拾い上げ、そして僅かに汚れた、濡れたようにも見えるその見たことの無い物体に目を瞬かせた。
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