夜を跳ぶ者

 軽やかに、夜空を蹴る。


 あっという間に遠ざかった白い大地を一瞥すると、次の一蹴りで、カイの身体はふわりと、毎夜守っている『始まりの都』の城壁を飛び越えた。


 そのまま、星の無い空をもう一度蹴る。そしてもう一蹴りで、丘と呼ぶには峻険な山々の頂の一つに、カイの四つ足は着地した。


 背後にあるのは、無人の野となった白い大地。そして目の前にあるのは、暗闇でも僅かに光る緑の森と豊かな平原。その平原に点在する小さな灯に、息を吐く。丘の向こうは、人の領域。しかしカイの背後に広がる大地は、魔物達のもの。古からの決まりを破り、丘を越えて魔物達の領域に侵入してきた人間達は、大地の全てを白に染め、そして肩を落として去って行った。今、魔物達の領域に居る人間は、先程飛び越した『始まりの都』を守り、まだぐずぐずと魔物たちの領域に居残る人々を人の領域へと誘う者達だけ。その者達も、もうすぐ全て、去って行く。それが、決まりだ。振り返り、自身の血と同じ色をした『始まりの都』の城壁を見やり、カイは小さく微笑んだ。


 再び、丘の向こうの豊かな平原を見つめる。背後の白い大地が魔物達のものであるように、目の前の平原は、魔物達が侵してはいけない、人間達のもの。それでも。人伝に聞き、書物で読んだ、『森』や『街』や『海』というものをこの瞳で見てみたい。望んではいけない希望に、カイは首を横に振った。


 もうそろそろ、帰らなければ。明るくなりかけた夜空を蹴り、再び白い大地を眼下に見つめる。朝の光から身を隠す、大地の影のような仲間達の姿に、カイは静かに笑みを零した。




 はっと、目を覚ます。


「隊長っ!」


 甲高い声が、カイの意識を人の方へと引き戻した。


「ブラン」


 眠っていない目をした、『夜を守る者』の最後の隊員ブランの手入れがされていない髪を、気怠い腕でそっと撫でる。


 『始まりの都』を守る『夜を守る者』の隊長として、『始まりの都』を飲み込もうとした闇色の魔物と対峙したところまではどうにか覚えている。魔物を追い払うことはできたが、カイの方も、体力が尽きていたらしい。いつものことだ。もう一度、ブランの髪を優しく撫でると、カイは夜と同じ色をした帳に囲まれた隊長用のベッドから起き上がった。

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