第35話 映画サークルの再始動

「今回の映画は、純粋な推理ものに戻します。主役は戻ってきて早々ですが松山くんにお任せします」


 周りに聞こえない程度の小さな声を出した。

「松山さん、いいんですか? スタントマンだから主演はちょっとって話でしたけど」

「他にやれる人がいないしね」

 まあ松山さんのほうが俺よりカメラ映えするのは確かだろう。

「犯人も当初の井上さん、推理サークルの部長さんにお任せしようと打診していたのですが、先方から正式にキャンセルの返答が届いています。そこで──」

 ホワイトボードに水性マーカーで「主演:松山」とだけ書いた。

「真犯人役は演劇サークルからお借りしようと考えております」

 下に「真犯人:演劇サークル」と書き入れる。

「後は前回まで参加してくださった皆様のうち、残って撮影してもよいと思う方のみを継続して登用致します」

 疑問もなくはないのだが、引き続き話を聞いておこう。


「編集はこちらでなんとかしますので、オープンキャンパスまでの短い間、夏休みを利用して一気に撮影致します。大会を控えている方は無理をしなくてかまいません。少ないなら少ないなりの映画に仕上げますので」

 いちおう聞いてみたほうがいいか。


「すみません。部外者ですがお聞きしたいことがあります」

「なんでしょう。吉田くん」

「今回報酬は出るのでしょうか。私が聞いた話ではプロデューサーの村上さんは業務上横領の疑いで大学から刑事訴追されると伺っております。役者を雇うだけの人件費は捻出できますか?」

 山本監督は一度下を向いてから頭を起こした。


「今回は報酬を出します。横領された全額は回収できないでしょうけど、今村上さんの手元に残っているだけの額があれば、演劇サークルと皆様を雇うだけの資金はなんとか確保できるはずです」


「であれば、俺も参加していいですか?」

 その場にいた全員が俺のほうを向いた。そりゃそうだよな。一番の被害者がまたやろうって言い出したんだから。

「一哉、無理しなくていいんだよ」

「いや、どうせなら、撮影済みの部分が多いほうが人件費も浮くでしょう。俺が主演していたところはそのまま使えばいいし、なんなら井上部長が出ている場面だって使えます。そのうえで合成などを用いて、演劇サークルの人を真犯人として雇ってくれば、最短で効率よく作品が完成すると思うのですが」


 山本さんは迷っているようだ。

 まあ映画サークルとして俺の存在は頭痛の種だろうからな。だが、それによってスポンサーから活動費を捻出していたプロデューサーのピンはねがなくなったのは大きいはずだ。

「僕としても、これまでスタントマンをやってきたから、あまり表には出たくないかな、と」


 松山さんが提案する。

「いちおう僕にもアメリカに渡っていたときのスポンサーがいるから、その人を足がかりにして活動費を捻出してきてもいいですよ」

「そう言ってもらえると嬉しいのですが、吉田くんは“映画なんて”って言っていましたよね」

「ええ、言いました。あんなもののためになんで俺が、ってね。でも映画サークルの皆様のおかげでなんとか退院できて復学できたわけですし、それに対するお礼もしなければなりませんから」


「そのおおもとの非はこちらにあります。だから皆があなたのために動いたまでです。これ以上ご迷惑はおかけできません」

「どうせもうじき夏休みに入ります。アルバイトは続けるつもりですが、補講を受けて残った時間であれば撮影に協力できますよ」


「本当にいいんだよね? 一哉」

「ああ、もういいんだ。すべてイチから仕切り直し。どうせ今回は出演料も出ることだし。なっ、瞳」


 監督は俺の傍まで歩いてきて、そしてゆっくりとお辞儀した。

「許してくれ、とは言いません。ですが、今度は危ないことはいっさいしません。台本も当初の第一案でいきます。あなたが協力してくれるのなら、皆に無理をかけずに撮り終われます。ずいぶんとこちらの勝手な話なのですが、また出演していただけますか?」

「はい、お任せください」

 監督の肩に手を置いて顔を上げさせる。



「井上部長、また私たちの映画に出演していただきたいのですが」

 監督が頭を下げて懇請する。

「もう嫌ですよ。あの“事件”で警察に何度も何度も事情を聞かれましたから。二度とあんな不愉快な思いをしたくないんでね」

 まあそう思うのが普通だよな。


 それでもテニスサークルや囲碁サークルの人は出演を快諾してくれている。もちろん大会があるから、彼らの撮影はすでに始まっていた。

「井上部長、いいんですか? 俺は出演を決めているんですよ。瞳を奪いたいのなら、今から降りたら勝ち目はいっさいなくなりますけど」

 俺を睨んでいるというより凝視している。頭の中で打算が働いているのだろう。目に力がこもっていない。


「吉田、お前も物好きだな。こんな映画サークルの道楽に付き合ってやろうって言うんだから」

「確かに道楽でしょう。だったら私たちも道楽で参加すればいいんですよ」

「けっ、お気楽なやつだ。お前、いつからそんな性格になったんだ? 前はもっとおどおどしていたのにな」


「“事故”の影響でしょうか。あれで俺の考え方がかなり変わりました。なんでしたら部長も一度爆破してもらったらいかがですか? 今からでも変われると思いますが」

 井上は態度悪く監督に向き直った。

「とにかく、一円にもならない仕事なんて俺はごめんですよ」

「前回は勝手に首を突っ込んで、ただでもいいから出させろ、と言った人とは思えませんね」

 耳に届くような声で瞳が口に出す。


「あ、井上部長。今度はきちんと出演料が出るらしいですよ。それでも出ませんか?」

「なに、それは本当か吉田! ちなみにいくらだ」

「そうですね。一日で部長の出番すべての撮影が終われば一万円は支払えますよ」

「本当なんだな、吉田!」


「もし結果的に足りなければ私が補填してもいいですよ」

 井上が喜色を浮かべている。

「よおしよし。それなら撮影に復帰してやってもいいぞ。一日で一万円なんてずいぶんと気前がいいじゃないか」

「本当にいいの、一哉?」

「今は金額よりも撮影期間のほうが大事だからね。時間を金で買ったと思えば安いものだよ」



 それから、撮影体制が急遽決められていった。

 結局井上も山本監督の懇願と出演料に屈して撮影へ復帰し、演劇サークルから真犯人役を一名借りてきた。

 演劇サークルとしてはすべての役を固めたかったところだろうが、夏休みの間しか撮影期間がない。九月になればすぐオープンキャンパスがあり、そこまでに間に合うのかかなり厳しい状況であることを承知してもらった。


 そして俺と瞳は、監督と松山さんとともに撮影した動画をすべて観て、どのシーンが使えるか、撮り直すかを決めていく。多少演技が怪しくても、撮り直すよりは大学生らしくてよいと判断していった。


 そこから山本さんは新たに撮り直すぶんの絵コンテを描き始め、松山さんはスポンサーと交渉することとなった。


 俺はといえば、夏休みが入るまでにすべての講義を受け、夏休み中の補講にも出席するつもりでいた。


 そうしてすべてがオープンキャンパスに向かって動き始めた。



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