第28話 面会謝絶
日中、新井から教授会の結果を書面で受け取った。
それを要約すると、大学の名誉のため事件化しなかったことに感謝し、授業をレポートにまとめて提出すれば、期限を設けずに単位を授与する、ということだった。
レポートを提出すれば、という前提がつけられたのは、前回の実績が評価されたからだろう。
まあ受講もせずに単位が出せるのなら、皆が病院に担ぎ込まれるだろうし、そこは仕方のないことだろう。
だが、安静にしていなければならない現在、根を詰めてレポートを書ける状態ではなかった。しかし後れを一日でも早く取り戻したいという気持ちが強くなり、結局レポートの作成に着手した。
──まではよかったのだが、その影響からか、夜になってもまったく寝つけなかった。
悪寒が走り、体が火照っているような感覚で、視界がゆがんでいてめまいも強い。吐き気もしている。
このままではまったく眠れずに朝を迎えなければならなかった。
かなり逡巡したのだが、結局ナースコールを押した。
程なくして看護師がドアを開けて入ってくる。
「吉田さん、どうなさいましたか?」
「寝つけないんです。寒気がするのと、体が火照っているようで、視界がゆがんでめまいと吐き気もあります」
「わかりました。まずは体温と脈を測りましょう」
そういって体温計を渡されて、右手首をつかまれた。ピピッと鳴って確認してもらう。
「三十九度二分で、脈も速いですね。今先生を呼んできますから、少し待っていてくださいね」
看護師が出ていって、あたりを静寂が包んでいた。
ベッドサイドの明かりを点けてノートに字を書こうとする。しかし手は震え、ノートがふたつにも三つにも見える始末だ。これは書けないなと思い、明かりを点けるのも諦めてベッドに横たわった。
少し待っていると先ほどの看護師が医師を連れて戻ってきた。
体温を確認するとペンライトで瞳孔反応をチェックし、手足の震え、膝や肘の打診を行なった。
「吉田くん、これから点滴で解熱剤と精神安定剤を入れるからね。すぐに薬が効いてくるから。必ず眠れるから安心してね」
やはりこういうとき、医師は頼りになるな。
「君。すぐに持ってきて。そして今から彼の面会はすべて謝絶してください。絶対安静が守られていないようですから」
面会……謝絶……か。これじゃあレポートひとつ書けやしないじゃないか。
そもそもなんでこうなった?
映画の撮影で爆発に巻き込まれて、頭部を強打したから。
じゃあなんで爆発に巻き込まれた?
採石場に行ったから。
なんで採石場に行った?
山本監督から行くよう言われたから。
なんで山本監督が行くように言ったんだ?
採石場の予約が急遽キャンセルされたから。
急遽キャンセルされたのはなんでだ?
プロデューサーが裏で動いていたから。
それじゃあ悪いのはすべてプロデューサーなのか?
そもそも映画に出演しようと持ちかけた井上はどうなんだ?
監督や助監督、カメラマンにタイムキーパー、スタントマンはどうなんだ?
誰がよくて、誰が悪いんだ?
そう考えていたとき、看護師が点滴パックを持ってきた。
「吉田さん、今から点滴を打ちますからね。すぐに効いてよくなりますから。チクッとしますけど動かないでくださいね」
慣れた手つきで点滴針が挿入され、落ちるスピードを調整される。
「吉田さん。医師の指示で今から面会を謝絶しますね。絶対安静、守れますよね? なにかあったらすぐナースコールを押してくださいね。それじゃあゆっくりと横になっていてくださいね」
慌ただしく看護師が個室を出ていき、そしてドアの外側に「面会謝絶」の札をかけていった。
冷たい点滴が火照った体を冷やしていくようだ。
その感覚に身を委ねていると、気分が晴れていくようだった。
「面会謝絶!? どういうこと、松山くん?」
「わかりません。おそらく容態が急変したんだと思いますけど」
「私、ちょっとナース・ステーションで聞いてきます」
個室の外で三人の声が聞こえてくる。まあ昨日まで話せていたものが、突然謝絶されたらパニックにもなるか。
「看護師さんを連れてきました」
「あの、吉田くん、突然の面会謝絶ってなにかあったんですか? 容態が急変したとか?」
「昨夜突発的に発熱があって、体の震えも見られたので、絶対安静を徹底するために先生が面会謝絶になさいました」
「吉田くん、だいじょうぶなんですよね? このままってことないですよね?」
新井の慌てる声が聞こえてきた。
「ちょうどこれから彼の精密検査が始まるので、話はそのあとにしてくださいね」
看護師はドアをノックして入ってきた。
「あの、外の三人は……」
「今は気にしないでくださいね。これから精密検査に向かいます。なにが原因なのか、しっかりと確認するために協力してくださいね」
外からストレッチャーが持ち込まれ、それに乗せ換えられて慌ただしく病室から出ていく。
「吉田くん! 吉田くん!」
新井の声が聞こえるが、これに応えるだけの力がなかった。
「関係者の方であっても今は面会謝絶です。お帰りくださいませ」
看護師の容赦ない言葉が突き刺さったようで、三人はついてこなくなった。
「ご両親に連絡してください。緊急を要するかもしれません」
それを聞きながら大急ぎで精密検査室に運び込まれた。
すべての検査が終わって病室に戻ってきたら、三人がまだ帰っていなかったようだ。
「吉田さん、今日からは面会謝絶で絶対安静ですよ。パソコンもスマートフォンも自粛してくださいね」
「やることがないと時間を持て余すんですけど……」
「その心配はありません。きちんと点滴で睡眠をコントロールしますから。とにかく今はなにもしないで、ただ寝ていること。それくらいできますよね?」
こちらの同意を得るのではなく、半ば強制的に決まっていく。
看護師は点滴を操作すると、程なく個室の外へ出ていった。
「吉田さんの関係者ですよね? 先ほども言いましたが今は面会謝絶です。お帰りくださいませ」
「どのくらいで、吉田くんよくなりますか?」
「それは絶対安静がどれだけ長く続けられるかによります。ですのでこちらからご連絡を差し上げるまでは来院しないようお願いします。ここにいて大声で中と話すのも厳禁です。ですからどうか今日のところはお帰りくださいませ」
「そうですか……。わかりました。吉田くんに『安静になさってください』とお伝えください。それでは本日は失礼致します」
松山さんが代表して述べると、三人ぶんの足音で小さくなっていく。
点滴によって、俺は再び眠りについた。
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