第27話 映画サークルの枷を解く
あれから新井に俺の部屋の鍵を渡して、三人に着替えやスマートフォンの充電器、そしてパソコンを持ってきてもらった。
個室で絶対安静と言われてはいるが、なにかをしていないと時間がもたない。
医師とも相談してパソコンやスマートフォンをやるくらいならばと了解してもらった。まあ本を読むのと大差ないからな。
ドアをノックされた。
「はい、起きてます」
引き戸が開いていく。
「吉田さん、面会の方をお連れしました」
「お願いします」
さあどうぞ、と看護師が促すと新井と山本さん、松山さんが入室してきた。
「わが家ではありませんが、適当に座ってください」
「パソコンでなにをしていたの?」
新井はとても気さくな感じでしゃべりかけてきた。ふたりへの配慮もあるのだろう。
「ちょっと情報収集をね。あと講義の論文を進めておかないと。卒業でいちばんたいへんなのが卒論だと言われているらしいからね」
「講義のことなんだけど。吉田くんの場合、大学活動のうえでの“事故”という点を考慮してくれるみたい。理事会と教授会で対応を諮ってくれるみたいなんだ」
理事会だけでなく教授会まで開かれているのか。
「とりあえず診断書を持ってくるのが条件になりそうだと聞いてきたから、今日はそれをもらいにきたの」
「とうぶん休学になりそうだったから、改めて先生に診断書を書いてもらってあるから」
ベッドサイドから封された診断書を取り出して新井に手渡した。
「これは今日中に事務局に渡しておくわね」
「そうしてくれると助かるよ、新井」
少し意識の揺れを感じて、ベッドの手すりにつかまった。
「そういえば山本さんと松山さんは就職活動しなくていいんですか? 三年生にもなるとそろそろ動かないと、ですよね?」
松山さんが即答してきた。
「僕はスタントマンの事務所に入ろうと思ってる。せっかくアメリカまで留学しに行って、会社勤めじゃ意味がないからね。本当なら今回の映画を持ってまわりたかったんだけど、そうも行かなくなったから。実技試験から受けることになりそうだよ」
「すみません。俺のせいで」
「いや、素人を危険な目に遭わせてしまったからね。これは僕なりの禊でもあるんだ」
松山さんはさすがに心臓が強いな。やはり単身海を渡ると人間力が鍛えられるんだ。
「私は……どうしようか迷っています。もちろん映画監督になるのが長年の夢だから、映画会社に勤めたいとは思ってます。ですけど、今回のようなこともありますし。とりあえず事務か見習いとして入れればと……。あとは私の才能と運任せかな。いつか監督として作品を一本でも撮らせてくれれば、案外それで満足してしまうかも……」
ちょっと空気が重くなったような気がする。
「あ、そうだ。こちらからも伝えることがあったんですよ」
吉田くんなに? と新井に聞かれた。
「今回の件、結局警察は“事故”と判断して責任者を書類送検しておくとのことです。それ以外は厳重注意を言い渡すので覚悟しておくように、と」
「わかりました」
「反省しております」
ちょっと脅かしすぎかな、と思わなくもないが、少しくらいはいい薬だろう。
「それに伴って押収したものを返却したいので、取りに来てくれると助かる、とのことでした」
「カメラやパソコンも返ってくるんだよね?」
「はい。それは確認してあります」
ということは、受け取りに行ったときにこってり絞られる、という話でもある。
「これで撮影が再開できますね。手早く作って持ち込みましょうよ、山本さん」
吉田くんありがとう、と山本さんから礼を言われたが、礼は刑事さんに言ってほしいかな。
「あと、ここの入院費なんですけど、本当にお任せしてしまっていいんですか?」
「ええ、吉田くんからいちおう刑事事件化はしないとのことだったので、とても感謝しています。それで吉田くんのご両親から、民事として損害賠償を請求されていて。その中に入院治療費も含まれていますから。私たち、吉田くんが刑事事件を取り下げてくれたから、皆起訴されずに済んでいます。そのお礼も兼ねて……」
「でも松山さんには俺の代わりにバイトへ入ってもらってもいますし」
「いいんだよ、それは。爆薬の確認をしなかった僕にも責任の一端はあるんだし。僕の場合は働いたお金を君への賠償に当てればいいだけなんだからさ」
ここまでされると皆に申し訳がない気がしてしまう。こういう気の使いすぎも体調悪化につながるから避けるべきなんだろうけど。
「今回のことで、現代映像研究会は全員アルバイトを始めたの。もちろん君への損害賠償と慰謝料を払うためなんだけど。それで気づいたわ。大学とアルバイトを両立するのはとてもたいへんなことだったんだって。吉田くんはこの忙しさに加えて私たちの映画に出演してもらっていた」
「まあ確かにあれはたいへんでしたね」
「だから以前の発言を正式に謝罪したくて。今ならわかる。『仕送りしてもらえ』は暴論だったわ。本当に申し訳ありませんでした」
「わかってくれればいいんですよ」
「働かずに大学へ通っている私たちが、いかに恵まれていたのか。今回のことでわかったような気がします。大学で好きなことをやって、適当に単位をとって、卒論書いたら、はい就職。なんて思っていた自分が恥ずかしいやら情けないやらで……」
「まあ今どきの大学生なんてそんなものじゃないですか? 世界的に見ても中流家庭が多いんだし、大学だって入ってしまえば出るのも簡単。まあ卒論はあるんですけど」
「それは僕も思ってた。向こうじゃ誰でも大学へ入れるんだけど、出るのがとにかく難しいんだ。しっかりと授業を受けて、一定水準以上の理解があるか試される。つまり○○大学出身という看板に泥を塗るような卒業生を出したくないんだろうね」
それだけブランドが確立されている、ということでもあるか。
では俺は将来なにになりたいんだろうか。
高卒ではなりたいものにもなれないと思ったから、自活してでも大学へ入ったんだけど。二年生にもなって、まだなりたいものがなにか見つかっていない。
コンビニのバイトも気に入ってはいるけど、だからといってコンビニを経営したいとも思わないんだよな。
映画の撮影だって、推理サークルから強制されて行なっていただけで、カメラに写った自分の姿を見て「これはプロの俳優にはなれないな」と改めて自覚させられた。
“鷲田のホームズ”の異名を勝手に名乗っているが、探偵になるのはどうだろうか。
しかし現在日本に「警察に協力して事件を解決する探偵」というものは存在しない。捜査権は警察と検察の専売特許だからだ。
民間人が捜査をしたり犯人を見つけたりするのは許されていない。
ではどうすればいいのか。
ちょっと考えてみたが、なにも浮かんでは来なかった。
あ、また視界がゆがみはじめているな。ちょっと無理をしすぎたかもしれない。
起こしていた体をベッドに横たえて布団をかけた。
「すみません。ちょっと無理をしていたかもしれません。少し眠りますので」
そうして目を閉じた。
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