第26話 生命の危機

〔ヨシダさん、ヨシダカズヤさん。三番にお入りください〕

 俺たち四人は診察室へと入っていく。


「あれ、今日はひとりじゃないの?」

「学校で異変を感じまして。医師の判断を仰ぎたいと……」

「彼、視界がゆがむと言っていまして。脳震盪の後遺症だと思うんですけど」

 松山さんが俺に変わって状態を説明する。


「吉田くん、例の爆破に関係する人たちだね」

 これだけの素材から、だいたいの人間関係を言い当ててしまった。やはり医者は目端が利くな。


「はい、私が監督の山本と申します。で、吉田くん、だいじょうぶでしょうか?」

「まだ診察もしていないからね。とりあえず吉田くんだけ残して皆さんは表で待っていてください。簡単な検査をしたらMRIを撮ってみましょう」

 新井も含めた三人がその場を追い出された。


「前にも言ったけど、脳震盪の後遺症は忘れた頃にやってくるからね」

 ペンライトで瞳孔のチェックをし、ベッドに横たわって膝と肘の打診をしていく。やはり本職は流れるように診ていくな。

「ではMRIを撮ってきてください」


 看護師に従い、三人も付き添って検査室の前まで移動する。

「皆さんはついてこなくてもだいじょうぶですよ」

「いえ、彼は平気で病院を抜け出すようなところがあって……」

 看護師長が言っていたあの──とすぐに納得したようだ。

「検査中は逃げ出す心配もないから、ここで待っていてくださいね」



 MRI画像を見ていた医師がなにやら悩んでいるような素振りを見せている。

「脳のMRIはとくに大きな問題がないように見えるな」

 そうですか。やはり少しくらい視野が歪んでもあまり心配する必要はな──。

「ただ、視野が歪むのは危険な兆候だね。筋反射も少し鈍く感じたし」

 これはまた嫌な予感がした。この流れだと……。

「大事をとって入院しましょう」

 やはりだ。こちらに金がないのはわかっているはずなんだけどな。


「あくまで大事をとって、だよ、吉田くん」

「どのくらい入院しなければなりませんか? アルバイトもそう簡単に抜けられませんし、今度こそ単位を落としかねないんですけど」

 まあ学生の本分は受講して単位を取ることにあって、入院することではないからな。


「正式な診断書だとお金がかかるから、単なるメモ書きになるんだけど──」

 といってメモを取り出し、脳の簡単な図を書いて見せてくれた。

「僕の所見では、MRI画像のこの部位が怪しいと思っているんだ。ここを損傷する人ってほとんど見たことがないんだけど、君の場合爆発の巻き添えだから。普通の人では考えづらいところを損傷しているおそれがあるんだ」

 と後頭部に近い内側のエリアに空で斜線を引いていく。

「だから、少なくとも視野のゆがみが解消されるまでは入院してもらうからね」

 これ渡しておくよ、とメモを受け取った。


「では入院の手続きをとってください。今度は脱走しないよう最初から八人部屋にしておくから」

 まいったな。バイト先に連絡しないと今度こそクビになりかねないし、大学もこれ以上休むと本当に単位を落としかねない。


「ご両親とアルバイト先と大学。この三箇所には説明しておきたいのですが」

 医師は首を横に振る。

「ダメだよ。実際に症状の出ている人を帰すわけにはいかないから」


「吉田くん。私がその三箇所に説明しておくから」

 新井が名乗り出た。ゆがんだ視野で彼女を見ると、綺麗な顔が台なしだ。

 だけどこういうときは頭のまわる彼女のほうが適切かもしれない。


「私たちにもできることはないかしら?」

 山本さんは自分でもなにかせずにいられない心境なのかな。

「それでは、できるのなら山本さんも松山さんも私と一緒にまわってくださいませんか?」

 果たして最適解なのだろうか? 曲がりなりにも“加害者”なんだけど……。

 あ、視野がぐにゃりとゆがんでいる。こ、これは──気持ち悪い。




 ──あれ? この天井ってたしか……。病室だよな。

 入院手続きをした憶えはないんだけど……。

 体をゆっくり起こしてみた。体はきちんと動くな。左腕に点滴がつながっている。

 視野の歪みは前ほどひどくはない。鎮静剤かなにかが入っているのかな?


 見回りに来ていた看護師さんが俺に気づいたようだ。

「吉田さん、目を覚まされましたね。先生を呼んでまいりますからしばらくベッドでお待ちくださいね」と言って俺を横たわらせ、掛け布団を直された。


 そうして看護師は少しベッドを離れ、少しして医師を連れて戻ってきた。

「吉田くん。どうだい、気分は」

「そうですね。かなり落ち着いたような気がします。視野もそれほどゆがんでいないようですし。吐き気も感じません」


「やっぱりか。君に無断で個室に入れたらまた逃げられると思って、八人部屋に入れたんだけど、君には絶対安静が必要だから、これから個室に移ってもらうよ」

「しかし、俺には金がないって言いましたよね?」


「君が連れてきた人たちが療養費を出してくれると言っていたから、それは気にしなくていい」

 えっ? 新井はともかく山本さんや松山さんまで言い出したのか?


「その人たちに悪いので、やはりここでいいですよ」

「ダメだ。これは医師としての判断だよ。君は絶対安静にしないとダメなんだ。いつ容態が急変するともかぎらないからね」


「いつ頃退院できそうですか?」

「それは正直わからない。脳は繊細だからね。ただ、絶対安静にしている期間が長いほど退院時期も早まる、とだけは言っておく」

「八人部屋でこのまま療養したらどうなりますか?」

「ベッドの差額代と、もしテレビを見たければテレビのレンタル代もかかるけど。おそらく個室で絶対安静にしていたほうが安くつくはずだよ」


 ある程度医師の要望も含まれているんだろうけど、この判断を出されたら個室のほうがよい、ということなのか。

「ちなみに病室でスマートフォンは使えますか?」

「使える個室と使えない個室があるよ。精密な医療機器を扱う部屋が集中しているほうでは使えないんだ。まあWi−Fiは通っているから、モバイル通信でなければだいたい使えると判断していいね。パソコンも使えるよ。それに君の場合は脳波計を見て体調を管理するだけで、心電図は使わないから、使える個室で受け入れ可能だけど。どうする?」


「新井──えっと俺の友人とふたりの先輩はどこへ行ったんですか?」

「彼女たちは、君のご両親とアルバイト先をまわると言っていたけど」

 そういえば、バイト先については新井にも教えていないんだよな。

 コンビニとだけしか伝えたことがない。


「それじゃあ個室に移ってから電話すればいいよ。君も彼女たちに早く連絡がとりたいだろうから」



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