第24話 現代映像研究会へ

 推理サークルも辞め、映画サークルとも距離をとったことで、講義とバイトがバランスよく動き出していた。


 そのおかげか、体の痛みもなくなって骨のヒビもあらかたくっついたと診断された。

 傷口の痕がいくらか残るそうだが、男なんだし肌に傷があっても勲章のようなものだろう。と言い訳を考えてみたが、やはり傷が残らないほうがいいに決まっている。

 この傷を見るたび映画サークルの人たちの顔が浮かぶし、あの爆破がどうしても思い出されるからだ。


 すべての講義のレポートを提出し終え、単位もなんとか落とさずに済みそうである。


 アルバイトもきちんとシフトに入って、店長からも頼りにされていた。勤務時間中に記憶が戻って倒れたこともあったが、それ以外は実に順調だ。

 これで充実した大学生活を送れるだろう。


 今日も大学へ向かおうと部屋を出ると、刑事さんが待っていた。大学まで送るから話を聞かせてほしい、とのことだ。


 先日ようやく村上プロデューサーから聴取でき、そのおかげで“事件”の全容が解明されつつあるとのことだった。

 まだ確定したわけじゃないのだが、あのときの背景が透けて見えた。



 まず「“事件”当日に予約がキャンセルされた」のは、村上プロデューサーが裏で動いていたらしい。本来の使用者が前日までに爆薬を設置し終えていたのに、急に予定がキャンセルされたのだ。そこにプロデューサーが鷲田の撮影をねじ込んだという。


 そして当日にも爆薬は残ったままで、スイッチを押したらいつでも起爆する状態だったらしい。

 しかし映画サークルの面々はそれを知らず、先撮りということで俺の出演シーンだけを録画しておこうと思っていたようだ。


 監督も助監督もカメラマンもタイムキーパーも、そしてスタントマンの松山さんも。誰ひとり爆薬がセットされていると気づいていなかった。

 あくまでも「爆薬はない」という認識のもとで撮影は始まり、助監督が松山さんのやる本番に備えて試しにスイッチを押したのだという。

 そして誰も想像できなかった「爆発」が起きたのである。


 爆薬が仕掛けられていることを管理していた採石場のスタッフも急なことで対応に追われて失念し、映画サークルに伝え忘れていた。

 映画サークルは撮影前に爆薬のないことを確認しなかった落ち度がある。

 それもこれも無理やりスケジュールをねじ込んだ村上プロデューサーに非があるというのだ。


 これにより“事件”が“事故”として扱われることになる、と説明を受けた。

 当面あの採石場では爆破ロケを中止せざるをえないし、映画サークルも危険な撮影を厳しく戒められることとなった。

 ただ“爆破のない”一般の作品を制作するのであれば限定的に活動を許されるという。もちろんハリウッド帰りのスタントマン、松山さんが活躍するような作品は不可である。


「映画サークルが気になるかい?」

「そうですね。いちおう撮影に参加してはいたので、気にならないといえば嘘になります」

「体もすっかりよくなったみたいだし、顔を出してあげなさい。君の元気な姿が、彼らにとって一番の薬になるから」


 真相もわかったことだし、そろそろ彼らを許してもよいのだろうか。まあ母さんが知れば猛反対されるのはわかりきったことだが。

「わかりました。帰りに寄ってみます」

「そうするといい」

 話が終わる頃、俺たちは大学の西門前に到着していた。

 セダンから降りると刑事さんに感謝を伝えて、西門で待っていた新井と合流した。



「つまり今回の“事故”で悪い人がいたとしたら村上プロデューサーってことになるんだ」

「そうなるね。あとは確認もせずにスイッチを押した大川助監督」

「大川さん、へこんでそう」

「今回は仕方がないよ。面白半分でスイッチを押したのは確かなんだから。しかもタイミングが早かった」

「早かったの?」


 刑事さんが採石場の情報通から聞いた話だと、爆破は人が確実に通過した後にするものらしい。俺の場合は横を通過中に起きた。つまりタイミングが早かったのだ。

 だから爆風を直接浴びて大怪我を負った。しかも一発ずつ爆破する設定ではなく、最初の爆破から時間によって次々爆破する設定だったため、すべての爆薬が炸裂し終えるまで、俺の救助はできなかったというのだ。


「そのときのことは憶えてる。最初の一発で吉田くんが吹き飛ばされて、松山さんが助けに入ろうとしたら次々と爆破が連鎖して近づけなかったんだって」

「いちおう警察の現在の認識は教えてもらったから、講義が終わったら寄っていこうか」

「本当にいいの?」

「もう体はなんともないし、誰が悪かったのか、サークルの人は自責の念に駆られているだろうからね」

「少しは加害者の肩の荷を下ろしてあげるのも、被害者の役目ってわけね」

「そんなに格好のいいものじゃないけどね」



 映画サークル「現代映像研究会」の部室にやってきた。“事故”のあった日以来のことだ。

 なんと言って入ればよいのか逡巡していたら、新井が「失礼します」と無造作にドアを開けた。

 こういうときこそ、度胸のよさが試されるな。

 プロデューサーを罠にはめた手腕を見ても、新井の度胸は人一倍だ。


 そこには編集に使っていたハイエンドパソコンもカメラもマイクも。なにもかもを失った虚しい空間が広がっていた。

 しかし一台のノートパソコンが机に載っていた。あれは見たことがないのでおそらくサークルの備品ではなさそうだ。


 すると背後に人の気配を感じた。こうも簡単に背後をとれる人といえば……。

「松山さん、お久しぶりです」

「吉田くん、新井さんも。久しぶりですね」

 がらんどうの部室に足を踏み入れてきた。


「備品の多くは警察に押収されてね。撮影していたビデオカメラも、編集していたパソコンも、映像が記録されていたハードディスクも。なにもかもだ」

「すみません。俺のせいで」

「君のせいではないよ。僕たちの管理不足が招いた結果さ」

 それだけではなかった。ここには松山さんしかいない。


「監督たちはどこへ行ったんですか?」

「ああ、監督は演劇サークルの平木部長に掛け合っているところだよ」

「ということは新作の出演依頼をしているんですか? 機材もないのに」

 山本さんと平木さんって確執があったような気がしていたんだけどなあ。


「出演依頼と、機材のレンタルを頼んでいるらしい」

「レンタル、ですか。まあ演劇サークルならビデオカメラもマイクも照明もあるか」

「じゃああのノートパソコンもレンタルですか?」

 新井は机の上を指差した。


「あれは監督の私物だよ」

「へえ、けっこう立派なの持っていたんですね」


「松山さん、ちなみに今日サークルのメンバーは全員揃いますか?」

「揃うと思うよ。見てのとおり監督も来ているし、カメラマンも放送部に掛け合ってビデオカメラを借りてくる約束を取りつけに行っていたから」

「助監督の大川さんは?」

「来ない日もあるけど、爆破のスイッチを押した張本人が彼で、そのことであまり寝つけないらしいんだ。だからここに来て仮眠をとることが多いよ」

「そういえばプロデューサーは?」

 その疑問は俺も思っていた。


「僕は見たことがないから誰がプロデューサーなのかはわからないよ」

「高級なEVに乗っていて、薄めのサングラスをかけているキザったらしい人なんですけど……」

「まるで成金趣味な人ですね」

 まあそのとおりだとは思うけど。


「それで、今日はなんのご用でここにいらしたのかな?」

 改めて松山さんに向き直って姿勢を正した。


「担当刑事さんからの言伝があります」



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