第23話 EVの誘導

 推理サークルも辞め、映画サークルにも近づかないで、新井とともに帰ろうキャンパスの西門から出たところで、あのプロデューサーがEVに乗って現れた。


 この人、警察からの事情聴取にいまだ応じていないと聞いていたのだが……。


「奇遇だね。私もちょうど帰るところだったんだ。吉田くん、せっかくだから送っていくよ」

 こんなところで油を売っているくらいなら、警察に協力すればよいものを。

「村上さん、警察から事情聴取を求められていますよね。顔を出したという話、私は聞いていないのですが」

「なに、今まで忙しくて時間がとれなくてね」

 それなのに俺たちの帰りをここで待っていたわけか。明らかにおかしいだろう。


「俺たちを送る時間があるのなら、警察に行ってくださいね。それでは」

 横断歩道を渡って駅へ向かう道を歩いていく。

「ちょっと待ちたまえ。送ると言っているじゃないか」

「ですから、その時間があるのなら警察へ。話があるのならその後に伺いますよ」


「君はなにか勘違いしていないか? 爆破は私が仕組んだことではないぞ」

「ですからそれを俺にではなく警察に言ってください。信じてくれるかどうかは警察が判断してくれますから」

 どうもこの人は警察とかかわりたくないと思っているようだ。なにかやましいところがあるのだろうか。

 それこそ「爆破を仕組んだ」可能性だってある。


 そもそも急に採石場の予約がキャンセルされたのだって、誰かの差し金ではないかと考えていたところだ。ある程度芸能界にコネがある人でないと難しいだろう。

 そして俺の周りでそんなことができるのはふたりに限られる。ひとりがこの村上プロデューサー。もうひとりが演劇サークルの平木紗季子さんだ。しかし平木さんは単なる女優であって、採石場で爆薬を仕込んだり、予約をキャンセルさせたりはできないはずだ。

 となればこの村上プロデューサーが最も怪しい。芸能界にコネがあるともっぱらの噂なのだから、その気になれば他の収録をキャンセルさせたり、爆薬をあらかじめ仕掛けておくことだってできたはずだ。


 もしこの人が完全に無実なのであれば、あの“事件”は偶然が起こした“事故”ということになる。

 だからなんとかしてこの人を警察に行かせる必要があるのだが……。


「ねえ一哉。せっかくだからプロデューサーさんに送ってもらおうよ。私一度EVに乗りたかったのよ」

 なにを言い出すのかと彼女の顔を見ると村上さんに見えないようにウインクしている。

 少し考えたのだが、すぐに彼女の魂胆がわかった。そういうことか。


「そうだな。せっかくお忙しい村上さんが送ってくださるとおっしゃっているのですから、お願いしようかな。体もまだ完全には治っていませんし」

「お、わかったようだね。さあ乗りたまえ乗りたまえ」


 新井とともに後部座席へ乗り込むと、プロデューサーが住所を聞いてきた。ちょっとまずい展開だな。なにか策があると感じたから乗ってみたわけなのだが……。

「あ、私がナビしますのでそのとおりに運転していただけますか?」

「うーん、まあいいか。じゃあお嬢さん、道案内をお願いするよ」

 任せてくださいと左手で軽く胸を叩く仕草をする。あとはどこまで騙せるか、だな。



「村上さん、次の通りを右折したら、しばらくまっすぐ走ってください」

「けっこう大学から離れたけど、本当に合っているの?」

「合ってますよ。吉田くんってけっこう郊外に住んでいるので。山手線から京王線特急へ乗り換えて、新宿からはかなり離れたところに住んでいるんです。特急があるから大学へ通えているくらいなところです」

 途中までの説明は合っているのだから、なかなか嘘とバレないはずだ。


「へえ。そんなに離れているんだ。なんだったら大学に近い部屋を紹介してあげてもいいんだけど」

「いえ、家賃が払えませんから」

「そういえばコンビニでアルバイトしているんだって? もう少し時給のよい仕事を紹介してもいいんだけど」

「今回の件で店長さんにお世話になっていますから、なかなか辞められないですよ」

 そうかい、と甲州街道をまっすぐ西へ走らせていく。


 プロデューサーに断ってスマートフォンである人を呼び出し、小声で出迎えてくれるようにお願いしておいた。

「府中を過ぎたけどまだまっすぐなのかい?」

「俺、八王子に住んでいるんですよ。大学までは遠いですけど、特急の始発駅でもあるので、座って通えるのが強みですね」


 まあ貧乏人の生活なんて微塵も考えたことがないのだろう。

 普通の人ならなにか変だと疑ってかかるはずなのに。まあいいか。このまま誘導してしまえばいいんだし。


「村上さん、次の交差点を右に入ってください。国道を降りたらふたつ先の交差点を左に」

 新井の誘導はナビ顔負けだった。そしてプロデューサーに気取られないよう走らせていくと、誰かが行く手を遮っている。EVは減速してゆっくりと停まった。

 どうやらうまくいったようだ。


 村上さんはウインドウから顔を出して近づいてくる人物に問いかけた。

「なにかあったんですか?」

「村上秀治さんですね? ちょっと話を伺いたいのですが」


 そう、新井がまんまと警察署の前まで誘導してしまったのだ。



「吉田くん、助かったよ。村上のやつ、何度電話で約束してもやってこないし、メールもLINEもすべて無視していたみたいだしね」

「すべては新井さんの手柄ですよ。私だけでは思いつきもしませんでした」

「新井さん、ありがとうございます」

 いえいえと控えめにあいさつしていた。


「どうする、吉田くん。村上の参考人聴取、聞いてみるかい?」

「いえ、おそらく今回は時間の無駄になると思います。騙されたとわかったので、無口を決め込むか、話を脇道にそらすか、自慢話を延々続けるか。まあそんなところじゃないでしょうか」

「まあそんなところだよな、やっぱり。でもいちおう呼び出しに応じなかったから令状の申請をしようかと思っていたところだから、ある程度拘束力はあるはずだ」


 それなら話を聞いてみようかとも考えたが、時計を確認するとあいにくすぐに取って返さないとバイトのシフトに遅れてしまいそうだ。


「それならうちの車を出すよ。参考人を連れてきてもらったお礼だ」

「ありがとうございます。ちょっと時間が厳しいのでそうしてもらえたら助かります」


「まあ困ったときはお互いさまだよ。ちょっと待っていて。今運転手を呼んでくるから」




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