第22話 瞳の大立ち回り

 刑事さんと雑談に興じていると、パトカーが数台表に停まったのに気がついた。

「どうやら来たようだね」

 自然と気が引き締まった。


 生きるか死ぬかという瀬戸際をくぐり抜けたわけだが、映画サークルの面々は面白おかしく暮らせる人生が終わるか続くかの瀬戸際だといえよう。


「ここは取調室に近いから、場所を移動するよ。顔合わせしたら彼らも困るだろうしね」

 提案を受け入れて、署内のコンビニへと場を移した。


「君たちは少しここにいてください。取り調べが始まったらまた移動しますから。僕は彼らの様子を見てきます」

 そう言い残して刑事さんは駆け出していった。


「たいへんなことになったね」

「まあ、俺も生死をさまよっていたくらいだし、それはじゅうぶんに“たいへんなこと”だと思うよ」

「それもそうなんだけど……」

 彼女がなにかを言いたそうにしている。話し出すまで黙ることにした。


「山本監督、これからどうなるんだろう……。あの人、映画づくりがとっても好きなんだと思うの。今回のことで処罰されたら、おそらく二度と撮影はできなくなるんじゃないかって」

「刑事さんも言っていたろう。きちんと契約書を交わさなきゃダメだって」


「そうなのよね。おそらく最初からアクションものを撮影したかったんだけど、大学に申請しても通らないだろうと考えた。それで穏当な台本を提出して大学の目をごまかそうとしていたんだと思う」

「それって、計画的な虚偽と言われても仕方がない。少なくとも大学は欺かれていたし、俺も皆も騙された。それはしっかりと認識してもらわないと。変な前例を残すほうがよくないよ」

「それもそうなんだけど……」

「過失傷害は親告罪だから、俺が法的に訴えないかぎり監督たちが罪に問われることはないからな」


 するとさっきの刑事さんが戻ってきた。

「プロデューサーはつかまらなかったそうだけど、他の、監督と助監督、タイムキーパーとカメラマン、そしてスタントマンは聴取を開始したよ。プロデューサーについては映画サークルの面々の供述次第で逮捕状を請求できるだろうから、今はつかまらなくてもかまわないだろうね」

「で、私たちはどこへ行けばいいんですか?」

「特等席さ」

 そうして『録画管理室』と書かれた部屋へ案内された。



 映画サークルの取り調べが終わったのを確認して、刑事さんは俺たちを待合室へ案内した。そこには監督たちが揃っていた。

「お疲れさまでした」

 俺は嫌みに聞こえるよう大声で叫んだ。

「吉田くん、君、記憶が戻ったんだって?」

 松山さんが問いかけてきた。

 今回の“事件”において彼はなにも知らされていないはずだ。あのときも爆薬があるような素振りは見せなかった。

 まあ演技をしていた可能性もあるが、人柄と経験を考えれば知らないと考えるのが妥当だろう。口約束でしかない契約についても敏感だったくらいだ。


「はい、ご心配をおかけしました」

「君の記憶について確認したいところだけど、それは口裏合わせを強要した形になるからやめておこう。いいですね、山本監督」

 ええ、とだけ返ってきた。かなり憔悴しているようだ。


「それより、なぜプロデューサーと連絡がとれないんですか? 俺に名刺をくれたくせに」

 監督がなんとか声を振り絞った。

「あの人は資金繰りに動いているの。スポンサーを探してそこに望まれる作品を提案する。そういう役回りなのよ……」

「まさか、とは思いますが、台本が二転三転してアクションものになったのって……」

「そう、彼の指示よ」

 やはりそうだったか。刑事さんに確認しておくか。

「台本を三つも用意して大学側を欺いたのは偽計業務妨害に当たるはずで、これを指示したのはプロデューサーに間違いない。これはじゅうぶん刑事罰に問えるはずですよね?」

「君の言うとおりだね。サークル活動を管理する大学の運営側を欺いていたわけだから、この場合は偽計業務妨害だよ。三年以下の懲役または五十万円以下の罰金だね」


「警察の方に聞いたんですが、普通は撮影に臨む前に契約書を交わすそうですね。今回それがなかったのもプロデューサーの仕業ですか?」


「それは完全に私のミスです……。いえ仕業と言ったほうがよいのかしら……。このご時世、資金繰りがうまくいっていないらしくて……。それで役者に払うお金がなかったの。だから井上くんのタダで出演します、に飛びついたってわけ」

 その割にはEVなんて高価なものに乗っていたっけな、あのプロデューサーは。


「タダ働きの人なんだから契約しなくてもいいだろう、と。今考えると浅はかでした……」


 刑事さんが断って話に入ってきた。

「タダ働きでも契約なしで人を使ってはいけないんですよ。今回のように撮影中に大怪我を負うことも、最悪死んでしまうことすらありました。そのとき『契約していませんでした』では通用しないんですよ」

「はい……申し訳ございませんでした」


 刑事さんは俺に振り向いた。

「で、吉田くんはどうしたいんだい? 今回のことは」

「そうですね。すぐには思い浮かびませんが……」

「それでは私から」

 新井が口を挟んできた。


「まず事故に伴う怪我の責任をとっていただかなくてはなりません。怪我を治すための治療費と通院費、それに原状回復のための弁償と退学せざるをえないとまで追い込まれた精神的な慰謝料。最低限これだけは必ず行なったください。吉田くんは今も怪我を押してアルバイトを続けているんです。アルバイト先へ迷惑をかけたのですからそれも補償してください。あとは、撮影の前まで戻って正式な契約書を交わしてください。そのうえで今回の“事件”の責任が映画サークルにあると明示すること。そして危険手当も必ず支給すること。芸能界ならこのくらいは当たり前なんじゃないですかね?」


「たぶんあなたの言うとおりね。私はただ作品をつくればよいだけの立場だから、よくわからないんだけど」

「吉田くんは使い捨てにされていい人じゃありません! いえ、使い捨てにしていい人なんてひとりもいないんです」


「新井さん……。ごめんなさいね」

「謝るのは私にではありません。吉田くんに対して、真摯な気持ちで謝罪してください。私たちはまだ、あなた方を許せていないんですから」

「それじゃあ僕が代表して謝るよ。吉田くん、新井さん、今まで申し訳ありませんでした」

「松山さんが謝るのは違います。あなたには爆破で負傷させた責任はありますが、それ以前は知らないことじゃないですか」

「じゃあ監督に──」

「いえ、映画サークル全員が、揃って謝罪してください」

「プロデューサーも?」

「はい、そうです。そもそも映画サークルの責任者はプロデューサーさんですよね。前回も申し上げましたけど」

「でもあの人は……」

 監督はまだ後ろ向きな答えをしている。


 しかし松山さんはきっぱりと答えた。

「わかりました。それではプロデューサーも連れてきて、全員できちんと謝罪します。そのうえで損害賠償などを話し合いましょう。未払いの出演料についてもきちんと契約書を交わし、今回の“事件”における治療費、慰謝料諸々も補償します。これでよろしいですね、新井さん、吉田くん」


 俺と新井が答えようとしたところで、刑事さんがさらに割って入った。

「そこの君、今回の“事件”はわれわれ警察が介在しているんだ。内々で解決しようとしないこと。きちんと捜査を受け、罪を明らかにして、しっかり償うこと。それ以外の解決方法はありえないからね。よく憶えておきなさい」


「職権を考えておらず、申し訳ございませんでした」


「さあ、今日はもう遅い。警察車両で送り届けるから、今のうちに皆忘れ物がないか確認するように」


 玄関から出ると、重苦しい空気が立ち込めていた。



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