第六章 事件の行方
第21話 記憶を頼りに
講義が終わり、現場に程近い今回の“事件”の担当警察署を新井と訪れた。
さっそく任意の聴取を受けることとなり、個室へと移動した。
「それでは事件のあらましを教えてくれないかな。あの日君になにがあったのか。どんな説明を受けていたのか、についてだよ」
刑事さんはとても丁寧な話し方をしてくれる。これならすらすらと答えられそうだ。
「はい。私は鷲田大学の二年生で推理サークルに所属しています」
「私も同じです」
部屋の隅で書類に書き記している人がいた。書記なのだろうか。他には刑事と思しき人がひとり立っている。
「では今回の映画サークル、えっと『現代映像研究会』だったね。こことはどんなつながりがあったのかな」
「私たち推理サークルの井上部長が、私たちに内緒で映画サークルから出演依頼を取りつけてきたんです。しかもタダ働きで」
「タダ働き? だとすると君は一円ももらわずに爆破に巻き込まれたってことなのかな」
「はい。危険手当がつくとかつかないとか以前の問題です。契約はいっさい結んでいません。書類の契約書なんてありませんでしたから。すべて単なる口約束でした」
「その爆破の撮影に臨むとき、書面での契約はなかったんだね? 特別手当が支給される約束とかも」
「はい。あいかわらず『キャンセルが入ったから、現場に行ってみよう』というような軽いノリで行かされただけです。特撮ものの撮影場所らしくて、井上部長は舞い上がっていましたが」
「これ、重要だから念を押すけど、本当に書面で契約をかわさなかったんだね?」
「はい、間違いありません」
私も傍で聞いていましたが、書類が必要という話にはなりませんでした、と新井も記憶を手繰り寄せながら話している。
「そもそも吉田くんは推理サークルで、撮影は映画サークルの『現代映像研究会』だった。たしか鷲田には演劇サークルもあったよね?」
「あります。『鷲田演劇研究会』って言います」
新井がすかさずフォローしてくれた。
「普通、映画を撮ろうと思ったら、演劇サークルに依頼するはずだよね。君たちのサークルの井上部長、だったかな。彼が出演依頼を取りつけたからといって、演劇サークルが黙っていないと思うんだけど」
「ええ、黙ってはいませんでした。平木紗季子さんという部長から『なぜ映画サークルの作品に出演しているんだ』と詰られました」
「どこかで聞いたことのある名前だね……。あ、学生女優で有名なあの子か。あの子鷲田だったんだね。で、それで?」
「主役が真犯人という、陳腐なミステリーですけど、と言ったら納得していただけました」
「主役が真犯人? これまたずいぶんベタな展開だね」
「最初の台本では、井上部長が犯人だったんです。で、山本監督から吉田くんにだけ新しい台本が渡されて」
話の流れを折らないように、新井が補足していく。やはり記憶力の面で頼りになるな。
「つまり君以外、誰が真犯人だったかわからなかったと。不意討ちもいいところだね」
「そうなんです。そして今回の“事件”でも、いきなり新しい台本を渡されて、アクションものに変わっていたんです」
「ずいぶんと大胆な変更だね。推理ものだったのに、いつの間にかアクションものだなんて」
「ハリウッドからスタントマンが帰ってくるのに合わせた変更だと聞いていましたけど。今思えば、最初から危険なシーンが満載のアクション映画を撮りたかったのだと思います」
「というと?」
「先ほど刑事さんも訝った『映画なのになぜ演劇サークルに頼まなかったのか』の答えだと思うんです。おそらく演劇サークルは契約書を要求するでしょうし、特別手当も必要になるだろうと」
「それは君がタダ働きで爆破に巻き込まれたことにつながる、ということだね」
身を乗り出した刑事に首肯して続ける。
「最初からスタントマンの松山さんと背格好の似た主役が必要だった。でも演劇サークルから見繕おうとすると、契約書も必要になるし出演料だってとられる。今回の爆破シーンだって、特別手当が出ていても不思議はありません」
「それらをすべてケチったせいで、君は爆破に巻き込まれた、と」
「そうだと思います」
刑事さんは傍で立っていたもうひとりの刑事に耳打ちして、部屋から出ていかせた。
「これから件の映画サークルの関係者を全員呼んで聴取するよ」
「私のほうから質問なのですが」
「なんだい?」
「その採石場で“爆薬が仕込まれていた”ことを知っていたのは誰でしたか?」
「いきなり核心を突いてくるね。でもなぜそれが気になるのかな」
「もし映画サークルの人が、知っていて私にやらせたのだとすれば、私は殺されようとしていた、とも解釈できるものでして。そこがはっきりしないと安心して眠れません」
「君の言うとおりだね。爆薬の存在を承知のうえで、なにも知らない君が爆破に巻き込まれたとしたら、これは間違いなく“事件”だよ」
「やはり教えてはいただけませんか」
「いや、被害者としては知って当然のことだと思う。映画サークルの責任者はまだ任意聴取できていないんだけど、監督の山本は知らなかったらしいね。爆破スイッチを入れた助監督の大川もその場のノリで形だけでも体験してみたかったから、という理由だったはずだ」
「スタントマンの松山さんも爆薬はないと考えていたようだというのは憶えています」
「となればこの三名はなにも知らなかったわけか。問題はまだ連絡のつかないプロデューサーだね」
「プロデューサーの村上さんとは先日会ったばかりです」
お尻のポケットからカード入れを取り出し、中から彼の名刺を取り出して手渡した。
「なるほどねえ。もしかしたら口封じにきたのかもしれないね」
「私もそう思いましたが、当時はまだ記憶が戻っていませんでしたから」
「でもこの名刺は使えるね。電話番号とメールアドレスが書いてあるから、これで直接連絡がとれそうだ。あ、ちなみにこの名刺、預かってもいいかな」
「かまいません。どうせこちらからかける用事もありませんので」
「まあ僕たちは映画サークルが嘘をついている可能性も考えないといけないから、どのあたりが真実なのかは裁判で決着をつけるか──」
「直接話し合って示談に持ち込むか、ですよね」
やはり新井は頼りになるな。司法試験に挑戦しても一発合格できるんじゃないかな。
「君たちはどうする? 今は帰宅して、映画サークルから事情聴取してから再度来てもらってかまわないんだけど」
「彼、まだ怪我が完全に治っているわけではないので、山本さんたちの聴取が終わるまで待っていてもよろしいでしょうか」
「ああ、そうだね。タクシー代も馬鹿にならないし。まあ被害者だから警察が送り迎えしてもいいんだけど」
「そこまでご迷惑はかけられません」
「まあ映画サークルの人たちは緊急車両で迎えに行ったから、到着するのはそんなに時間はかからないよ」
「聴取って私たちも見られますか?」
「うーん。ちょっと難しいかな。吉田くん、とくに君はあくまでも被害当事者だからね。加害者と被害者に接触してもらいたくない、というのが警察の本音さ」
「圧力をかけられて供述が変遷しかねない、と」
「やはり君、えっと新井瞳さんだね。新井さんは察しがいいね。そういうことだからスマートフォンでゲームでもして時間を潰してくれていいよ。なにか食べたくなったら出前でもとるからさ」
「スマートフォンでゲームなんてしませんよ。これはあくまでも連絡手段ですから」
「それにゲームなんてやったらお金が消えていくから……でしょ?」
「そういうことです」
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