第12話 注意一秒、怪我一生

 カメラを据え付けたクレーンの扱い方を、監督とカメラマンがクレーン助手に教わっていた。どうやらクレーンを使った撮影自体が初めてのようだ。

 クレーンすら扱えない素人が爆破シーンを撮影すること自体に無理がないだろうか。


 なぜここまで爆破シーンを秘匿してきたのか。もしかしたら大学から許可を得ていないのではないか。

 素人が爆破シーンを撮影するなんて、本当にだいじょうぶなのだろうか。やっていいものなのだろうか。


 すると松山さんから声をかけられた。

 どうやら俺も爆破シーンの最初と最後のところで顔を含めて撮影しなければならないらしい。

 俺のところでは爆破はさせず、あくまでも顔を撮るだけのようだ。それなら危険はないか。


 いや、なぜ危険を感じる必要があるのだろうか。今日はあくまでも松山さんの前のテスト役である。危険なシーンなんて撮影するときではない。


「松山くん、吉田くん、ちょっと来てくれない」

 山本監督から声がかかった。俺は反発しようとしたが、松山さんが間に入ってくれた。おかげで怒声をあげずに済んだのだが。


「松山くん。吉田くんを撮影開始位置まで案内してくれる? 向こう側にも職員さんがいるから。そこから彼に最初の爆破地点を教えてほしいんだけど」


「でも監督、今日は爆破はさせないんですよね。それではあまり意味がないような気もしますが──」

「せっかくのチャンスだし、吉田くんはアルバイトがあるからそう何度もここに来られないと思うのよ。だから今日のうちにロングショットと爆破位置を越えたところの映像を押さえておこうと思ってね」


「監督がそう言っているけどどうしますか、吉田くん?」

 確かに今撮影しておけば、俺が再びここに来る必要はなくなるわけか。報酬が約束されていない以上、バイトを休むわけにもいかないし……。


 ここに来る時間をとられなくなるのであれば、今撮影してもらったほうがいいに決まっている。安易な打算だがこの際、背に腹は代えられない。

「わかりました。今日中に撮影してください。このあとのバイトは俺ひとりしか入らないシフトなので、それまでには必ず間に合わせてくださるのであれば」

「わかったわ。必ず間に合わせます。じゃあ松山くんお願いね。はい、これトランシーバー」

 監督がカメラマンと施設のクレーン助手に声をかけて、撮影の準備に入った。


「本当によかったんですか? 日を改めたほうがよさそうですが……」

 気づかわしげな表情でこちらを見つめている。

「バイトの都合でそう何度もここに来るだけの余裕がありませんからね。僕のシーンは爆破は入らないらしいので、今撮影しておけば再びここに来る必要もありませんし。それなら今のうちに撮ってしまったほうがバイトに精を出せるぶん、苦学生にはありがたいですからね」


「確かに言われてみればそうなんですよね。じゃあスタート地点まで案内します。現場に足跡を残さないよう、いったん上がってまわりこんだところから下りますのでついてきてください」


 そういうと軽い足取りで階段を昇っていく。さすが本場仕込みの運動神経だ。こういう場所にいても動作に華がある。

 俺も遅れずについていった。程なくして爆破現場の反対側に到着する。


「ここがスタート地点だね。そして最初の爆破位置が十歩走った先の右側。次はそこから左前に八歩進んだ先の左側。でも爆破はしないから、場所を憶えるのは最初の一発だけでいいんだ。君はまっすぐ二十歩走ったところで止まればいいから。爆薬は進路の右側にあるから直撃することはないよ」


 なるほど。つまりそこから先の爆破シーンから、松山さんのスタントが入るわけか。それを生で観られないのは残念だけど、こんな辺鄙へんぴな場所まで何度も足を運ぶほど時間の余裕はない。


「心の準備が整ったら言ってくださいね。監督に知らせますから」


「爆破しないとわかっていても、なかなか怖いですね」

 松山さんは穏やかな顔をして答えてくれた。

「こんな爆破シーンは、アメリカじゃあじゅうぶんにスタントの経験を積んでいなければ任せられないんです。『もしも』が起こるかもしれないからね。仮に爆薬が仕掛けられていないとしても、爆破現場はとても神聖な場所なんだ。ここで多くの血と汗が流されてきたんだよ」


「そう考えると、初心者でここに立たせてもらっているのは、信頼されているのかいないのか……」

「それは考えないほうがいいね。君は爆薬のない場所をただ走っていくことだけを考えよう。だいじょうぶ。爆薬がなければ命はとられないから」


 その顔にかげりを感じた。

「爆薬が仕込まれていた現場で、なにか見たんですか?」

「ああ、親友の、死を、ね……」

 爆薬を使って死んだ人がいるんだと思うと少し緊張してきた。

「でもここは平和な日本で、爆薬もない現場なんだから命を落とす心配もありません。今のように少し緊張しているくらいなら、顔が引き締まって覚悟が決まった表情になるから」

「わかりました」

「どうせ編集で走り出すまでの時間はいくらでもカットできるから、早めに合図を送って準備しておこうか」

「はい」


 目を閉じて大きく三回深呼吸した。

 そして軽く両頬を手で叩いて気合を入れる。顔を正面に据えたまま声をかけた。

「松山さん、準備OKです」

「わかりました」

 松山さんがトランシーバーで撮影陣を呼び出す。あちらの準備もすでに整っているらしく、すぐにでも始められるらしい。

「じゃあ僕はカメラに映らないところまで下がるから。そこに立って十数えてから、一気に真正面に向かってダッシュする。そして二十歩進んで爆破位置を過ぎたところで止まればいいだけだからね」

「はい。頑張ります」

「あまり力まないで。どうせ爆破は起こらないんだから。軽く緊張するのはいいけど、力む必要はないからね」


 松山さんが場を退いてから、真正面を見据えて立っている。カメラ映えする例の立ち方だ。

 心のなかで数を数える。

 一……。

 二……。

 三……。

 四……。

 五……。

 六……。

 七……。

 八……。

 九……。

 十!


 右足で大きく地面を蹴り、一気に加速して走り出す。

 ここから十歩目で爆発するから、そこを通り過ぎて二十歩目で止まればいい。

 五、六、七、八、九、じゅ──



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