第11話 郊外の採石場

 助監督の大川さんが出演者を駐車場へ集めた。


「じゃあ皆さん、このバスに乗ってください」


「これってロケバスってやつか? やけに本格的だな!」

 井上が浮かれている。確かに俺たち学生連中がロケバスに乗って移動するなんて考えられないことだよな。


「ちなみにどこへ向かうんですか?」

 これを使わないと行けないところでなければ、わざわざ資金難の映画サークルがこんなものを用意するはずがない。


「郊外にある採石場です。本来の撮影順はもっと後なんだけど、急遽予定がキャンセルされたらしくて、今なら使っていいと先方から許可をもらいました。ですので急いで乗り込んでください」


 ちなみに運転手は誰なんだろう。この大きさだと大型免許がいると思うんだけど。

「このバスも運転手もプロデューサーさんが用意してくださいました。これで全員乗りましたね。監督は……乗っていますね。皆さん必ずシートベルトを締めてください。機材は先に積んでおいたので、それでは出発致します」


 俺は出入り口に近い席に座った。監督がいちばん後ろの席に座っていたので、できるだけ離れようと思ったからだ。なぜか新井まで乗り込んでいるのだが。


「助監督さん、帰ってくるのはいつですか? バイトで今日シフトに入れるの俺ひとりだけなんで、遅れたらシャレにならないのですが」


「だいじょうぶ。今日は撮影の流れを見てもらいたいだけだから。これなら予備にあてていた日も撮影日にできるから、本当今日はいい日だ」

 本当かよ。この映画サークルはお気楽なやつばかりな気がするのだが。

 監督は自分勝手だし、助監督は自信がない。唯一まともそうなスタントマンの松山さんも、アメリカ帰りで妙にざっくばらんなところがあった。


 あれから毎日アクション指導を受けているが、今日は初めて組み手を行なった。まあこちらがまったくの素人なので、適当に攻撃して松山さんがさばいていただけなんだけど。



 それにしてもずいぶんと時間がかかっているな。これなら帰りは電車に乗ったほうがよさそうだな。電車が通っている場所ならば、だが。


 するとバスが止まって、採石場に入るべく切り返している。急な方向転換をしているはずなのだが、実に見事な運転である。大型免許を持つとこれほどまで運転がうまくなるのか。いや、これだけ運転がうまいから大型免許を取得できるのだろう。

 この運転手のおじさん、侮れないな。


 乗降口を開くと、助監督が真っ先に降りて受付に書類を持っていった。

「いよいよかあ。採石場といったら戦隊シリーズなんかの撮影でも使われていて、まさにヒーローになった気分だよ」

 井上はここでもやけにテンションが高い。本当、井上に主役をやらせたほうがノリノリでヒーローしてくれるんだろうな。松山さんより大きいから適さないんだろうけど。


 受付を飛び出してきた助監督が再び乗り込んできた。

「え〜皆さん。許可を得ましたので、これから採石場へ入れます。いちおう機材のテストをしてもかまわないということなので、ビデオのセットを素早く済ませます。それが終わるまで、ここの職員さんに施設を案内してもらってください。それでは現代映像研究会はセッティングを、それ以外の方はバスを降りて施設の方に従ってください」


 やれやれ、ようやく降りられるのか。確かに井上の言うように、実際に特撮ヒーローが演技している場所であり、そういう意味では関心を持った。

 ここで演技する松山さん自体は、映画サークルの皆と機材運びを手伝っているようだ。


「それでは鷲田大学の皆様、これから施設内をご案内致しますので、全員整列してください」

 年配の職員らしき男性が大声を発している。

「これから番号を書いたワッペンを渡しますので、洋服の左胸に貼り付けてくださいね。ここで置き去りにされたら、電車の通っている駅までは歩いて一時間はかかりますから。絶対にはぐれないように、前の人に付いてきてください」


 おいおい、それじゃあ確実にバイトに遅れちゃうじゃないか。バスで帰るとしても、適当なところで快速電車に乗り換えれば時間短縮も可能だろうか。

 渡された七番のワッペンを左胸に貼り付けた。新井は八番だ。

「それじゃあ今から施設内をご案内致します。絶対にはぐれないように」


「──と、ここまでが採石の処理施設でした。で、ここからがドラマの撮影などで使う採石場になります」

 おおっ、と小さく感動した声が聞こえてくる。

 小学校までの子どもが一度は憧れたテレビのヒーロー。彼らが活躍した場所とあって、男性陣は妙に盛り上がっているようだ。

 俺はそれほどヒーローものは観ていなかったので、あまり感じ入るところはなかった。


 すると通路の下が崖となっており、その下の開けていた場所にいくつもの印が付けられていた。

「あのバツ印のところに爆薬が仕掛けられています。それを撮影カメラのそばにあるリモコンを操作して爆発させていくんです。一発ずつボタンを押していく設定と、最初のボタンを押したら後は時間によって次々と爆発する設定のふたつがあります」


 なるほど。爆発はある程度コントロールできるようになっているのか。

「すみません、質問なんですけど」

「はい、七番の方、ご質問どうぞ」

「私たちが撮影するときは、一発ずつ押す設定なのか、時限式の設定なのかわかりますか?」


「基本的に素人さんの撮影では一発ずつですね。時限式のほうが爆発にリズムを付けやすいのですが、演者の安全を考慮して、確実に爆破場所から離れたところで爆発ボタンを押していくことになります。爆破のタイミングは撮影場所にリモコンがあるので、それで遠隔操作します」


 職員さんが指差した先でカメラをクレーンに据え付けている映画サークルが見えた。撮影の流れを確認しておくつもりのようだ。

「ありがとうございます」


 ハリウッド帰りのスタントマンなら、時限式に設定する可能性もあるな。テレビのヒーローよりも、実際目の当たりにするスタントマンの演技のほうが数倍迫力があるはずだ。


「それでは撮影カメラのところまでご案内致します」 

 一度崖を大きくまわりこんで、下へ向かう階段に着いた。ここを降りれば松山さんが待っているはずだ。


 長い階段を降りて崖下に到着すると、すぐに撮影カメラが設置済みだった。馴れないクレーンを操作するため、クレーン助手を借りたようだ。これで立体的に動かして爆破を撮影できるわけか。


 日本の特撮ヒーローが日々活動している場所は、松山さんのようなプロにこそお似合いだ。


 当然ここを駆け抜けるのは松山さんの最大の見せ場になるはずだった。



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